《くずかごの唄》16 オヤジの遺言 独立自尊を貫け


【コラム・奥井登美子】私が結婚し、長女を産んだとき。父の加藤清から長女宛てに、お祝いでなく、遺言状なるものが送られてきてびっくりした。

《20年後のY子ちゃんへ

今、あなたは生れたばかり、しかし、20年後のあなたに宛てて私は遺書を書きます。私は慶応義塾に学び、福沢諭吉先生の人間平等と独立自尊は私の守り本尊となった。関東大震災のとき、私は加藤翠松堂製薬の東京支店長だったが無一物となった。この時ほど独立自尊の有り難味を味わったことはない。

Y子ちゃんの時代は日本だけでなく世界を中心とし、宇宙を懐にした独立自尊でなければならぬ。自覚した自我の、時勢に適応した大我でなければならぬ。人間平等は文化が進むほど拡大する。独立自尊は個の確立のみならず、他尊心も培はねばならない。時代と共に動くには「教養」「訓練」「健康」が基礎です。私はあなたに期待している。……》

文章を読んで、もしかしたら、私に対する遺言なのかも知れないと思った。私は高校生のとき、文学部長で、俳優座の戯曲研究会に通って戯曲を勉強し、将来は戯曲作家になりたかった。

父に「女の人の独立自尊を貫くには経済的な独立が大事で、そのためには医療の国家資格をもつべきで、薬科大学を受験して薬剤師になりなさい」と強く主張され、薬科大学に入学したものの、父の発言にチト無理があるのを見逃さなかった。

加藤の家は代々、二条城の御製薬所として江戸時代には栄えていたらしい。しかし、祖父は自由民権運動に参加して家を離れてしまった。

60年安保で樺美智子さんが亡くなったとき、母が泣きながら学生運動で弟が怪我をしたりしないか心配していたのに、父はけろっとして「あの子はジイさんに似たのだから仕方がないよ」と言っていた。

祖父の墓は浅草の寺にあるが戒名がない。浅草のヤクザ達から戒名のない墓は許さないと抗議されたが、父は何とかヤクザ達を納得させてしまったそうだ。弟の加藤尚武が東大に入学したとき、「東大は官僚の巣です。官僚はときには泥棒よりも悪いことをする。あなたは官僚の巣で何を学びたいのですか」と言っていた。

この間起こった「もり、かけ事件」。私は「官僚は泥棒より悪い」と言っていたオヤジの言葉を思い出して、ついつい笑ってしまった。私も父のいう宇宙を懐にした独立自尊に邁進しなければならない時代になってしまった。(随筆家)