【コラム・相沢冬樹】「蘆荻(ろてき)と真菰(まこも)の間を、汽船が波をたぷたぷと岸に漲(みなぎ)らせて航行していく」(田山花袋『水郷めぐり』1920年)

調べ物で、田山花袋(かたい)の紀行文を読んでいたら、「蘆荻と真菰」という表現が繰り返されるのが気になった。水辺の風景描写でひんぱんに出てくる。蘆と荻はそれぞれアシとオギということだが、花袋は植物としてこれらを別個に識別できていたのだろうか。

俳句をたしなむものには季語の扱いとからんで使い分けが大事になるだろうが、僕にはアシとヨシの違いもよく分からない。漢字では共に葦・蘆・葭を当て、基本的には同じ植物という。

しかし20年ほど前、滋賀県の琵琶湖流域にある西の湖(近江八幡市)のヨシ原を訪ねたとき、ヨシ刈りの業者から聞いた説明は違っていた。枯れた茎を折って見せ、中が空洞のものをヨシといい、綿状の芯が詰まっているのをアシというのである。中空のものは葦簀(よしず)や簾(すだれ)などに使えるが、中が詰まっているものは雨露で腐食する。商品価値がないために、悪し(アシ)と呼んだ。

今にして思えば、このアシがオギではなかったか。アシは茎から横方向に葉をつけるが、オギは茎を包む鞘(さや)状の基部から上に向け細長い葉を伸ばす。秋になると絹毛のある花穂をつけて、今度はススキ(薄・芒)と間違われる。アシ・ヨシもオギもススキも、イネ科の多年草に分類される。さらに盆舟をつくるマコモも茅葺きに使うチガヤ(白茅)も水際のイネ科植物だ。

茅(かや)はアシ、オギ、ススキの総称でもある。6月の晦日(みそか)に、各地の神社で行われる「夏越の祓(なごしのはらえ)」の神事、茅の輪潜り(ちがやのわくぐり)にも用いられる。茅を注連縄(しめなわ)に編み、6尺4寸、2m弱の輪にして参道に置き、氏子らが左右から八の字を描くようくぐっていく。水神様をお迎えするため、汚れを祓い清めるという行事だ。

今年の6月30日は土曜日だから、道草ついでに利根町の蛟蝄(こうもう)神社に行ってみようと思った。蛟蝄は「みずち」、関東最古の水神様を祀るのが同神社というから夏越には由緒正しい。聞けば、斎行は30日午後3時からということだった。形代(かたしろ)に罪・汚れを移し、大祓詞(おおはらえのことば)を奏上し、厳しい夏を乗り越えるという。

利根町から河内町、稲敷市にかけての水郷―利根川北岸域は名にし負う穀倉地帯、一面に田が広がり、今の季節一斉に草丈を伸ばしている。路傍(ろぼう)はクズの群生と帰化植物が占める景色だが、水辺に出れば道草は漂流へと変わる。花袋流に、まとめて「蘆荻と真菰」と描写してしまえば、無教養をさらさずに済むだろう。鬱蒼(うっそう)の夏がやってくる。(ブロガー)