【コラム・浅井和幸】ある朝、私の携帯が鳴りました。浅井心理相談室に継続で面談相談をされている方は、10~20分ほど無料で電話相談を受けています。土日でも盆でも正月でも、私が出られたらいつでもOKです。

その方(Aさん)は、自分が何もできないダメな人間であると、日ごろから悩んでいました。私からすると、結構大変なことも行ってると感じる人で、主婦って大変だなあ、休むことは難しいのかなあ、と思っているぐらいでした。

今回は、布団から起きられない状態で電話をかけてこられました。Aさん「布団から出ることが出来ません。今日は夫の会社の方を迎えて、料理をふるまい、失礼のないように対応しなければいけないのに。家の中を掃除して、買い出しに行って、料理をして…。何一つできずに、布団からも出られないんです。なんて自分はダメな人間なのでしょうか」

浅井「それは、ずいぶんと大変なことをしなければいけないのですね」。Aさん「はい。私なんかに出来ることは何もありません。どうしてよいか分かりません。体が動かないんです」。浅井「今から私の言うことを出来たらやってみてください。出来ないことは出来ないと言って構いません」。Aさん「わかりました」。

浅井「まずは深呼吸をして、その呼吸を意識してみてください。今、携帯で電話をかけていますね。どちらの手で携帯を持っていますか」。Aさん「左手です」。浅井「では、空いている右手を、グー、パーと開いたり結んだりしてみてください。できますか?」。Aさん「はい、できます。やりました。これが何になるんですか」。

浅井「出来ましたか。何になるかは分かりませんが、現状を知りたいのです。何もできないけれど、手を動かすことは出来そうですね。次は上半身を起こし座ることは出来ますか」。Aさん「はい、出来ました」。浅井「ここまでできたら、立つこともできそうですね」。Aさん「はい、それぐらいならできる気がします」。

Aさんは、朝、目を覚ますと、布団の中で、今日1日で失敗したらいけないことを重く考え続けていました。それを1~2時間続けているうちに、動けなくなってしまっていたのです。ですが、手は動かせる、布団の上で座ることもできると、一つ一つ確認していったところ、何とかお客様を迎えることが出来たそうです。それどころか、家族から褒められたとのことでした。

出来ないことを重く抱え込んでいると、出来ることさえも出来なくなります。それはもったいないことですね。

子どものころに勉強をしておけば出来たのに、もっと若ければ、けがさえしていなければ、宝くじが当たったら、自分が地位のある人間だったならば―と、出来ない理由を見つけるのが上手くなっていくと、簡単に出来ることも出来なくなります。

出来ることを積み重ねて、元々できなかったことが出来るようになることにも、もちろん届かないのです。やりたくないことであれば、出来ない理由を挙げるよりも、「やりたくない」と言った方がどれぐらいよいか分かりませんよ。(精神保健福祉士)