【コラム・奥井登美子】「頭の良い鼠(ネズミ)が出没します。庭に出る時、ドアはキチンと閉めてください」。我が家のサンルームのドアにポスターが張ってある。

いつの間にか、家の隣にあった倉庫が駐車場になってしまった。その時、倉庫にいたネズミがやってきたのだろうか、小さな隙間から入り込んで、台所はもとより仏壇の引き出しまでネズミにかき回されてしまった。

私はネズミ取りの道具一式買ってきて、家の方々に置いてみた。しかし、ネズミは取れない。次に、ネズミ取り紙を出没しそうなところに置いてみたが、ネズミの方がはるかに頭が良くて、どうしても根絶することが出来ない。

家の同じ敷地に、三味線を弾きながらお産を促すという名物婆さん「片柳産婆さん」が長い間住んでいた。東日本大震災の時、住居は完全に崩れ、「危険」という紙を張られてしまった。敷地は結構広い。街の中だから、駐車場にして貸すのが良いと勧められたが、いろいろ考えた末に、前からほしいと思っていた家庭菜園にしてしまった。

我が家は台所の生ゴミを捨てたことがない。庭の木の葉をビニール袋に入れて保存し、木の葉と生ゴミで堆肥を作っている。ある日、家庭菜園の堆肥場に黒い猫を見つけた。野良猫の子供らしい。「こんにちは」と丁寧に挨拶したのに、逃げて行ってしまった。この猫にクロという名をつけた。

そうだ、ネズミ取りをクロに頼んでみよう。しかし、野良猫を手なずけるのにどうしたらよいか、皆目検討がつかない。仕方がないので、煮干しを買ってきて生ゴミの上にわざとらしく置いてみた。

次の日、クロの姿はなかったが、煮干しは消えていた。一週間ほど経った時、菜園でクロと茶色の野良猫が仲良く遊んでいる。猫と私との間に友好ムードが出来つつある。うれしかった。あとは、この猫たちにどうやってネズミ取り教育をするかである。

私は中庭に思い切って残飯コーナーを作り、猫の好きそうな魚の骨などを置いて、様子を見ることにした。一週間経った。観察している時に限って猫は決して現れないが、残飯の中の魚は消えている。しめしめ、気がついてみたらネズミがいつの間にかいなくなっている。

3カ月かけて私が格闘したネズミ取りは、野良猫の知恵を借りることで解決することができた。動物の世界は、野良猫、野ネズミといえども、まだまだわからないことばかりである。(随筆家)