【コラム・斉藤裕之】イリコの絵を買っていかれた「いりこ」さん。実は個展を心待ちにしていてくれた中学の同級生の奥様だった。

「いりこ」というのはもちろんあだ名で、旧姓の「いり…」がその由来だそうだが、このいりこさんは奇遇にもギャラリー・オーナーの同級生だったのだ。つまり、旦那が私の同級生で奥様はオーナーの同級生。というわけで、図らずも彼の善意で私の個展の情報は中学の同窓会のSNSに回るという事態を招いた。

これはちょっと困ったことになったと思った。なにせ高校卒業以来、人生の裏街道をひた歩いてきた私にとって、故郷の友人は思い出の中にあって、できるだけ会いたくないというのが正直なところ。実際に、学校を出てからほとんど誰にも会ったことがないのだ。

しかしながら、絵描きというのは絵も描くが、絵を見せてなんぼのものである。ひとりで絵を描きたいのだが、みんなに見てもらいたいというひねくれた生き物なのだ。

結果的に、3人の同級生が個展会場に現れた。正直、会った瞬間は誰かわからなかった。しかし、「〇〇です」と言われた瞬間に、50年近く前の顔が瞬時に頭に浮かんだ。

「これ俺」「ヨシナガくん?」

1人目は前述の彼、2人目は地元にいて家業を継いだ男で、どこか華のある男だったが、高校の同級生と組んだロックバンドを今も続けているという。そして、3人目は会うなり「これ俺」とスマホの画面を見せてきた。

その画面を見た途端、「ヨシナガくん?」と。それは保育園のお遊戯会のときに彼と2人で踊った「角兵衛獅子」の画像だった。そのモノクロの写真は我が家にもあったし、多分何度も稽古をしたのだろう、幼心にはっきりと覚えている。

と同時に、彼にとって彼自身を私に思い起こさせる最良の手段として、わざわざこの画像をスマホに納めて会場に現れたことに胸が熱くなった。

というのも、彼とはその後、高校までを共にするのだが、恐らく同じクラスになったことはなく、つまり彼との確かな思い出、記憶としてはこの角兵衛獅子以来あまりないのだ(実は前述の2人も同じクラスになったことがない)。

彼はニコニコほほ笑む奥様を同伴していて、「再婚なんだ」と紹介してくれた。それから地元の大企業に勤めてけっこう偉くなっていること、お母様がご健在で私の母のことを気にかけてくださっていることなども分かった。そして「この絵をください」と、昨夏にふと訪れた徳山動物園の象の絵(紙粘土で作ったものを描いた)を買ってくれた。

5月末からは「… in丸亀」

しかし一番驚いたのは、会期中に同級生が持ってきてくれた、数年前に開かれた中学の同窓会のパンフレット。なぜか当時の校長の挨拶文が載っているのだが、それがなんと実家の向かいのヒロちゃん(高校では柔道部の先輩)だったこと。

さて、5月末からは「平熱日記 in 丸亀」が香川県のギャラリーで開かれる。それをSNSで知った高校の同級生達。丸亀行を企てているという。そっとしておいて欲しくもあり、有り難くもあり。(画家)