【コラム・斉藤裕之】その日は春の嵐。3月も後半に入ろうというのに、山口県の山あいにある弟の家の窓の外は横殴りの雪。そんな中、空路東京からわざわざ個展会場にやって来てくれたのは教え子のF君(コラム150に登場)。

「海を見たいですね、瀬戸内海を!」。彼のリクエストに応えて車を走らせること20分。海岸線が見え始めると、そうだ!マヨねえから借りた山下達郎のCDをかける。男2人のライドオンタイム。しかしながら、車から出た私たちを待っていたのは強烈な寒風。

遠くに九州の国東半島を望みながら、瀬戸内海を背景にスナップ写真を1枚撮って、そそくさと車に戻った。「おー寒い~」

ケンブツジャコ

個展会場に戻って作品を見終わったF君は「色の違う指輪」(コラム150に掲載)という作品をご所望だという。え?でもこれは私と亡き妻の指輪を描いたものだけど。当時私の指には金色の指輪が似合わず、結果的に同じデザインで妻はゴールド、私はプラチナという、色の違う指輪にしたのを昨年描いたものだ。そんな他人の指輪の絵をなぜ欲しがる?

「実は僕らの指輪もそうなんですよ」「え?」。彼の薬指のプラチナ色の指輪の一部分はゴールドで、奥様のはその逆だという。もちろん私はそんなことなど知らずに、彼の結婚式の話をコラム150に書いて指輪の絵を添えたわけだが、偶然とはいえF君にとっては何か因縁めいたものを感じたのかもしれない。

それにしても、わざわざ山口まで来てくれたF君にはおいしい魚ぐらいはご馳走してやりたい。ということで、ギャラリーオーナーの涼子さんにお勧めの店を聞くと「ケンブツジャコって食べたことある?」。

この宇部あたりでしか食べないというケンブツジャコ(テンジクダイ)という金魚ぐらいの大きさの小魚(私は偶然昨年この魚を食べる機会があった。頭は固いので落として、カラ揚げに)を食べさせる店があるというので行ってみることに。残念ながら、その日はこの珍味をお目にかかれなかったが、それでもおいしい瀬戸内の魚をたらふく食べてF君も満足して東京に帰って行った。

イリコ

余談だが、宇部近辺ではケンブツジャコと共に「レンチョウ」いわゆる舌平目をよく食べる習慣があって、宇部のソウルフードなどと呼ばれているらしい。同じ県内、瀬戸内海でも、その土地、土地で食習慣が違うんだなあ。

また、山口の魚は冬の間ひとりでずっと鍋を食べ続けた私にとっても、春を告げる御馳走(ごちそう)となった。今回も、アジ、メバル、のどぐろ、フグ、いか、かわはぎ、さざえ、ウニ、セグロイワシ、サヨリなど(ほとんどは義妹の手料理によるもの)、それから島の岸壁で獲ったナマコも食べた。

そうそう、魚といえば昔「いりこ」というあだ名だったという方がイリコの絵を買っていった(詳細は次回に)。

帰りの高速では、何とも美しい富士山が現れたが首都高手前から壮絶な渋滞に巻き込まれて辟易(へきえき)した。半月ぶりの茨城は季節が止まっていたかのように木々が寒々しい。それでも日差しは春のもので、パクはいつもの散歩道を懐かしそうに楽しんでいた。(画家)