【コラム・平野国美】私の町歩きのテーマとして洋館探しは大切なものです。全国各地には歴史的建造物が多数あります。東京駅や岩崎邸クラスもありますが、私の好きなのは、商店建築、個人宅、医院建築、理容店など、意外と知られていない街角の洋館です。

なぜ、このタイプの洋館が好きになったのか? 18年前の訪問診療のおかげなのです。個人宅なので場所は明かせませんが、ある日、新患の依頼を受け、車のナビを合わせました。到着した場所に、上の写真の建物がありました。

外観からは古さを感じなかったのですが、玄関に入ると、歴史を感じさせる佇(たたず)まいでした。患者さんがいる2階へと、木造の手摺(す)りが付いた階段を上ります。窓はサッシでないことから、古いものであることがわかりました。患者さんは2階に寝ていました。

診察終了後、寄り添う御家族に「この洋館は何でしょうか?」と、微妙な質問をしてみました。出てきた答えは「政治家の〇〇先生の個人事務所だったそうです」。そう、持ち主は変わっていたのです。診療事務所に戻り、パソコンでこの名前を検索し、少し興奮してきました。

華やかさの裏に何かある?

明治19年の生まれの〇〇先生は、旧制中学を土浦→下妻→水海道と渡り歩き、早稲田大学予科に入学。そこで、政治家を多く輩出する雄弁会に所属しました。早大政治経済学部政治学科卒業後、新聞記者を経て政治家となった謎が多い人物です。

近衛内閣で司法大臣などの要職に就いたものの、1941年に起きたゾルゲ事件(旧ソ連の対日スパイ事件)で取り調べを受け、戦後は公職追放となりました。近衛文麿、山本五十六、米内光政ら数多くの要人との手紙は、終戦後すぐに焼却されたそうです。この人物が、この洋館に君臨していた時代があったのです。

ウクライナと戦争をしているプーチン大統領がKGBに入りスパイを志した理由が、ゾルゲを主人公にした映画を見たことによると言われています。私は、ドラマや映画に出てくる洋館の華やかさの裏にある何かに興味があります。そういった建物がまだ街に眠っているのです。(訪問診療医師)