【コラム・相沢冬樹】春になれば──、女王は働き者の侍女たちと共に住み慣れた巣を飛び立つ。「分封(ぶんぽう)」という。巣には新しい女王蜂が育っており、雄蜂との婚姻飛行を待っている。働き蜂はすべてがメスで、もっぱら繁殖期に生まれてくる雄蜂は、生殺与奪の権をメスたちに握られている。

昨年秋、ニホンミツバチの特異な習性とそれを飼う愛好家の話を聞いてから、僕は春の分封(分蜂とも書く)を見たいと思った。庭木の枝などに、女王蜂を中心に数千のハチが群がって蜂球(ほうきゅう)を作り、モーター音のようなうなりをあげる。ことさらに刺激しなければ人を襲うことはないそうだ。

数十年前のかすかな記憶があるものの、以来まるで目にしない。ニホンミツバチは近年、個体数を減らしていると聞くが、趣味の養蜂のネットワークは逆に広がっている。昨年秋筑波大学会館で初開催の「ミツバチサミット2017」には、養蜂業者をしのぐ愛好家が全国から集まった。

蜂蜜でいえば、ニホンミツバチによる生産量はセイヨウミツバチの1%にも満たない。果実の受粉にも活躍する後者に比べ、前者の飼養は困難を極める。分封を狙って、一群を捕獲できても、巣箱が気にいらなければメスたちは一晩で逃亡してしまう。つれない野生の手ごわさが、愛好者心理をそそり、情報交換の機会に多くが群がるのである。

地元にはつくば養蜂研究会という愛好家グループがある。2002年に結成され、年6回ほどの例会を開いている。出入りはあるが20人前後の会員数、近県からの参加者もあり、年齢的には定年前後からのリタイア組が中心、女性の姿も見られる。

話を聞くと、ミツバチをめぐる環境は近年悪化の一途をたどっている。セイヨウミツバチがニホンミツバチを駆逐したというのは誤解だが、天敵のスズメバチがミツバチの生息環境を奪っているのはたしかだ。伝染病を引き起こすダニ類の発生などが問題になる一方、花のある蜜源の減少により、蜂場をめぐるトラブルも増加している。

このため、養蜂振興法が改正され、2013年から養蜂業者だけではなく、趣味でミツバチを飼育するものにも届け出が義務化された。茨城県南でいえば、県南農林事務所の農業振興課が窓口で、同所の家畜保健衛生所による原則年1回の検査を受けなければならなくなった。

県南14市町村を所管する同課の集計では、2017年時点で約50件、900群のミツバチが飼われていたということだが、セイヨウ・ニホンは区別されない。群数ではセイヨウミツバチを飼うつくば市の蜂蜜採集業者が大半を占めて、他は数群の届け出にとどまるから、ほとんどが趣味のニホンミツバチ愛好家とみられている。

産業化は難しく、隣近所の理解を得るのも大変そうだが、在宅シニアにはなかなかに奥深く、優雅な趣味に映る。そういえば映画のシャーロック・ホームズは晩年、養蜂家となって「最後の事件」を解決したのだった。(ブロガー)