【コラム・三橋俊雄】大学卒業後、私は東京のデザイン事務所に勤めました。そこでは、ぺんてる(文房具)、キッコーマン(しょうゆ瓶)、ヤマハ(オーディオ、オートバイ)、オカムラ(家具)などのプロダクトデザインから、建築・都市デザインまでを扱っており、私は、セイコー(オリンピック競技時計、羽田空港世界時計)、コンピューター端末機(XYプリンター)のデザインなどを担当しました。

それらのデザインは、多様な工業製品に美しいフォルムとオリジナルなデザインを施し、工業製品の価値を高めることが主な役割でした。私は、そうしたデザインの実践に喜びを感じながらも、一方で「What to design(何をデザインすべきか)」について関心がありました。それは、コラム2 で話した「障がい者のためのデザイン」にも通じるものでした。

今回は、私の生き方に最も大きな影響を与えた『生きのびるためのデザイン』(ヴィクター・パパネック著、晶文社)について、紹介します。パパネックの関心は、大量生産・大量消費時代における地球規模での格差や環境破壊など、デザイナーが加担してきた負の側面に目を向け、第三世界の国々に適切なデザインを提供するための「What to design」にありました。

空き缶ラジオ

上の写真左は、電気も電池も使えない第三世界の人々のためにデザインされた、9セントの空き缶ラジオです。インドネシアの友人も私に「それは見た」と話してくれたもので、イヤホン、銅製の放射状アンテナ、使い古しの釘を用いたアース、トンネルダイオード、熱電対(異なる金属線の両端をつなげ、その接点に温度差があると電気が流れる)などで構成されています。

この空き缶で、ロウや木材、乾燥した牛の糞(ふん)などを燃焼させると、その熱が熱電対を通して電気エネルギーに変換され、イヤホンで例えば毎日5分間「ニュース放送」を聴くことができます。このラジオには、色も装飾も施されていません。インドネシアの人々は、このブリキ缶の外側にフェルトやガラス片、貝殻などを貼り付けて、自らデザインをします。

すなわち、パパネックは、アメリカ流のデザインを押しつけるのではなく、人々が自由にラジオの装飾を楽しみ、その地域の文化や価値観を表現することができると考えたのではないでしょうか。「空き缶ラジオ」は、インドやインドネシアで何年も使用され、成功を収めたということです。

ピルのパッケージ

写真右は、文字の読めない女性たちのための避妊薬ピルのパッケージです。女性たちは、毎日1錠ずつ、ピルをパッケージからもぎ取り服用しますが、もし1日分のピルを取り忘れても、U字型チューブの端が空気に触れて赤色に変わり、警告してくれるというものです。また、ピルを勘定しなくてもすむように、一連の気休めの薬が含まれています。

このように、パパネックは、「What to design」の理念を持ってデザインをすることの重要性を、私たちに教えてくれました。(ソーシャルデザイナー)