【コラム・田口哲郎】 

前略

笠置シヅ子さんをモデルにした朝の連続テレビ小説「ブギウギ」がおもしろくて、見ています。笠置さんの「東京ブギウギ」は有名で、40代の私でも知っていました。このドラマが放映されるまでは、懐メロとして戦後復興の象徴として、人びとを励ました名曲という紹介のされ方をしていたと思います。

世界情勢はきな臭いですが、コロナ禍がようやく終息し、これから経済を復興させてゆこうというわが国の機運に、ふたたび笠置さんの「東京ブギウギ」はマッチしているのかも知れません。戦後復興の歌謡曲というと、思い出すのは、笠置さんと同じ松竹歌劇団出身の並木路子さんの大ヒット曲「リンゴの歌」です。

この歌をめぐって、ふたりの作家が正反対のことを言っていました。ひとりは堀田善衛さんです。戦後中国から引き揚げてきて、「リンゴの歌」を聴いて、あんなに悲惨で愚かな戦争で負けたのに、リンゴがどうのと歌って浮かれていてけしからん、と思ったそうです。

もうひとりは、なかにし礼さん。やはり中国から引き揚げてきたときに、「リンゴの歌」を聴いて、なんとすばらしいんだろう、もう自由なのだ、と感動したといいます。

ふたりの意見は真っ向から対立します。けれども、どちらにも感じるのは、戦争の愚かさと人びとに残した傷です。そして、とてつもない災禍を経験したあとに、深く悲しみ、絶望のふちに立たされながらも、日々懸命に生き、立ち直ろうとした人びとのひたむきな姿です。

リズムウキウキは人びとの真情

「東京ブギウギ」は、傷ついた人々を恋と踊りへといざなう歌です。世界のうたブギを大都会東京の月の下で恋人と踊ろう、と笠置さんは明るく歌います。イデオロギーや感情論でもなく、堀田さんの皮肉やなかにしさんの素直な感動をごちゃ混ぜにして、とにかく明るくゆこうという姿勢は、実は当時の人びとの心情の真実だったのかもしれません。

実際、日本は経済大国になり、バブル経済期に人びとはただひたすらディスコで踊り、世紀末にはクラブで踊ることになるのです。

思想や信条は天下国家を論ずるには大切かも知れませんが、そこで生きている人びとが持っている思いというもの、ついつい忘れられてしまう真情を、笠置さんの「東京ブギウギ」は気づかせてくれると思います。つらくても、音楽が流れたら、うれいなく踊る。

これは新しい感覚ではない気がします。作家の岩下尚史さんは、和歌は意味よりも調べが大切とおっしゃっていました。日本人は昔から、うさを忘れて、楽しいことに身をゆだねて、困難を乗り越えてきた人びとなのかも知れませんね。

「ブギウギ」の今後の展開が楽しみです。ごきげんよう。

草々

(散歩好きの文明批評家)