【コラム・田口哲郎】

前略

音楽をサブスクリプションできく時代になりました。アップル・ミュージックやアマゾン・ミュージックなどネットワーク上にあって提供されている無数の曲を月々定額で楽しむことができるサービスです。

30年前はCDからお気に入り曲をカセットテープにダビングしたりしていたのですが、いまはお気に入りの曲をプレイリストに入れればよいので簡単です。

あのころきいていた曲が音楽のサブスクにはたくさんあります。なつかしい曲をきくと、そのころの空気感までよみがえってきて、なんとも言えない気持ちになります。

宇多田ヒカル「Automatic」とノスタルジー 

それをつよく感じるのは、私の場合、宇多田ヒカルの「Automatic」です。この曲は私を20世紀末の東京都心につれていきます。慶應義塾に通っていたころは、三田、麻布、六本木、渋谷あたりによく行きました。当時は空前のカフェ・ブームとクラブ・ブームでした。

喫茶店ではなくカフェ、隠れ家的な空間が城南エリアにたくさんできて、若者がこぞってゆきました。また、ディスコではなくクラブ、小さなハコと言われる空間で、DJが繰り出すテクノ系ダンス・ミュージックで踊る店が、六本木、麻布、渋谷界隈(かいわい)にたくさんできて、そこに若者は夜な夜な通ったのです。

宇多田の「Automatic」はヒットチャート上位にランクインしましたので、カフェやクラブを渡り歩く人たちからすると、少々、メジャーすぎる音楽だったかもしれません。でも、あの「音」はまさにあのころの東京の雰囲気そのものだった気がします。

世界がきな臭く、国内もいろいろと既成概念が突き崩されて、内外で激しい変化が起こっている日本が、あのころは比較的平和でおだやかだったのかもしれません。そうしたぬくぬくとした空気のなかで、若者はカルチャーをつくろうとしていました。とはいえ、それでも人びとはいろいろな問題に向き合いながら、生きていたのですが。

「むかしはよかった…」と言うのは年寄りだと言われますが、私もそんなことをしばしば思わざるをえない年齢になりました。いまの景色をむかしのそれと比べてしまうほどに、街を見てきたということでしょう。

どうしても昔のほうがよいと思えてしまう。宇多田ヒカルの「Automatic」はそんなノスタルジーをかき立てる名曲なのは間違いないようです。

草々

(散歩好きの文明批評家)