【コラム・田口哲郎】
前略

このごろ、昔のドラマがたくさん再放送されています。最近でも、「二人の世界」「明日からの恋」「夫婦」「心」「道」「太陽の涙」「幸福相談」と、1970年代から80年代に放映されたものが、テレビ神奈川、東京メトロポリタンテレビ、BS11でふたたび放送されています。

このうち、「夫婦」「心」「道」の脚本家は橋田壽賀子さんです。橋田さんのドラマのテーマは家族です。高度成長期は終わり、生活が豊かになり、伝統的な家制度が本格的に崩壊し始めた時代の、家族のあり方を主題に、人間模様を描いています。旧来の「家」概念にしばられる人びとが、お互いに協力したり、ぶつかりながら、自由を尊重しつつ、暮らしてゆく。そんな日常生活はまさに当時のリアルな国民生活のひとつの側面だったのでしょう。

そうした変わりゆく家庭風景のなかで、橋田ドラマでは母親が主人公になることが多いです。「心」では山田五十鈴さんが、「道」ではその役を京塚昌子さんが演じています。山田五十鈴さんは戦前の映画スター、京塚さんといえば「胆っ玉母さん」「ありがとう」で国民的母のようなイメージです。恰幅(かっぷく)のよい、やさしそうだけれども、しつけにはきびしいお母さん。ひと昔前までは、そういう母親像がたしかにありました。

ホームドラマのお母さん役の系譜

山田さん、京塚さんの前に、そういう母親らしい役者さんがいるかと思ったら、ピンときました。東山千栄子さんです。小津安二郎監督の「東京物語」の母親役で有名です。東山さんも恰幅がよく、やさしそうだけれど、どこか芯が通っている、そんな母親を演じられています。

東山さんは華族のお嬢さんだったところ、築地小劇場に出るようになって、役者となりました。山田さんの父親は新派の出身、京塚さんは新派出身の女優さんです。おふたりの演技を見ていると、うまいなあと素人ながらに感心すると同時に、なんともいえない味があります。セリフや所作、架空の人物ながら、その生きざまが見る者を魅了します。

俳優さんのすごさは、人間味を見せてくれることなのでしょう。私は、山田さん、京塚さん、東山さんの演技を見ながら、魅力的な母親と会っているような、不思議な満たされた気分になります。たかがドラマ、されどドラマです。名優さんの演技は、見る者の生き方の参考になるのではないでしょうか。

だから、日本にはホームドラマが長らくあり、国民的母親を演じる俳優が重宝されてきたのだと思います。50年前の文化遺産は本ではなく、映画やドラマになる時代になりました。そうした文化遺産から学ぶことは多いですね。ごきげんよう。

草々
(散歩好きの文明批評家)