《くずかごの唄》10 生きがい販売株式会社


【コラム・奥井登美子】「どこかに、生きがい売っていないかなあ」「イキガイ、生きた貝?ちがう?」「会社停年退職して、主人、やることなくなっちゃった。私のやること一挙手一投足、難癖つけるの。うるさくて、うるさくて…」「生きがい販売株式会社なんて、聞いたことないし、自分で見つけるしかない。何が好きなの?」「仕事が好きなの。それがなくなって、どうしていいかわからなくなっている」

老人の多くなるこれからの社会で、定年後の「生きかた」をどうするか。大きなテーマだ。女の人は仕事を卒業しても、日常の生活の中で、料理とか、手仕事とかで、新しい生きがいを見つけられるけれど、男どもは、どうも方向転換が苦手で杓子(しゃくし)定規に何事も考える。

その生き方が問題なのだ。夫婦の場合は奥さんに当たって多少の憂さ晴らしが出来るけれど、単身の男はそれも出来なくて鬱(うつ)っぽくなってしまう。

うちの亭主は今、4月に講演会を開くと夢中になっている。薬学の合成化学が専門で、停年まで製薬会社の研究所で実験ばかりやってきた人なのに、昨年、湯川秀樹氏の日記が見つかったという新聞記事、アインシュタインが広島に原爆を落としたことを湯川さんに謝ったというテレビ番組を見てからだった。

学生時代に湯川さんの最後の講義を聞きに行ったことを思い出してしまったらしい。アインシュタインの本ばかり何冊も買ってきたり、図書館で借りてきたりして、部屋中がアインシュタインで埋まってしまった。

「講演会ってテーマは何なの」「天文学の新しい幕開け、重力波の発見」「えっ、そんな、専門でもないことしゃべって、自分でわかっているの?」「わかっていない。だから面白いんだ」

自分でもわかっていないことを人に講演する。ずいぶんずうずうしいが、老人だと思えば許してくれるのだろうか。そこのところがわからない。主催者の日本山岳会の人たちの寛容さに期待するしかない。

これからの社会は、近隣の老人の、ささやか過ぎるような「生きがい」にも、目を向けて、もっと社会全体が、老いた人に優しく寛容にならなければならないと思う。(随筆家)