【コラム・田口哲郎】

前略

マカロニえんぴつというバンドの「なんでもないよ、」という曲を聞いて衝撃を受けました。ラブソングらしいのですが、歌詞の一部はこうです。「会いたいとかねそばに居たいとかね守りたいとか そんなんじゃなくてただ僕より先に死なないでほしい そんなんでもなくて ああやめときゃよかったな なんでもないよ なんでもないよ」とあります。

ラブソングですから、恋人に会いたいとかそばにいたい、守りたいと歌うのは当然ですが、そうじゃないというのです。俺より先に死ぬなというところは、さだまさしの「関白宣言」が思い出されます。関白宣言は新婚夫婦の夫の妻への思いを歌ったものですが、マカロニえんぴつはそんなんじゃない、とやはり言います。

いまテレビ神奈川で1971年放送の「たんとんとん」というドラマとBS11では1980年放送の「心」というドラマが再放送されています。

「たんとんとん」は森田健作主演、脚本山田太一、木下恵介プロ制作の青春ドラマ。「心」は宇津井健主演、橋田壽賀子脚本、石井ふく子プロデュースのホームドラマです。ふたつとも、庶民の日常を描いたほのぼのとしたドラマです。そこでは若者の成長や職業的な困難の克服など、いわゆる人生の悲喜こもごもが盛りだくさんです。しかし、そうしたいろいろな出来事をつらぬくテーマは男女の出会いと結婚です。

以前、小津安二郎監督の映画のことを書きました。小津映画の主なテーマは、妻に先立たれた男のひとり娘の結婚です。娘が年ごろになったので「どこかにやらなきゃならないよ」と父親役の笠智衆が言います。

人びとの素直な気持ちが世を変える

日本にはいままで無数のラブソングや映画やテレビドラマがありましたし、いまもあります。そのなかで一番多いテーマは男女の恋愛と結婚なんじゃないでしょうか。バブル期にはやったトレンディー・ドラマもおしゃれな恋愛がテーマでしたが、結婚が前提でした。

こうした娯楽が男女の恋愛・結婚をテーマにしてきたということは、何を意味するのでしょうか? それはこの社会が結婚によって、家族が再生産され、世代を後世につないできて存続してきたということです。それほど社会の構成員が結婚して家族を増やすことが大切ですし、人間はそのために時間と労力を惜しまずにきたということでしょう。

でも、そのあたり前だったことが、あたり前でなくなっているのが今なのかもしれません。

男女の恋愛と結婚が当然の価値観に、そうではない価値観が加わる社会はどうなるのでしょうか? それは分かりません。人類が経験していないからです。でも、流行歌が歌うことは、いまの社会に生きる人たちが感じている素直なことなのは確かです。昔の歌や映画やドラマも人びとの素直な気持ちでした。素直な気持ちは社会を変えますね。ごきげんよう。

草々

(散歩好きの文明批評家)