【コラム・浅井和幸】なんだ、そんなことも知らないのか、〇〇のくせに。〇〇は大人を入れてもよいし、カウンセラーなどの職業を入れてもよいです。このような言葉で自分の知識を武器に、相手を見下す場面に遭遇することがあるでしょう。

近年、インターネットとスマートフォンの普及で、知識や情報は手軽に手に入りやすくなりました。すぐ人に聞かないでグーグルで検索をしろという「ググレカス」という言葉ができ、今ではその言葉も廃れ、検索はツイッターも使って調べるなど、どんどん変化してきています。

情報があふれる中、「そんなことも知らないのか」と、情報が頭に入っていることを自慢したくなるものです。何かを覚え、その記憶を引き出して使うことは大切なことです。何かのテストのときは、記憶力は大きな武器となるでしょう。

しかし、その場面ですら、情報を道具として問題を解くという目的のために使っていることになります。さらにそのテストも、何かの資格を得るため、収入を得るため、栄光を得るため―などの目的を達成する道具と言えるでしょう。

冒頭の例は、情報という道具を、相手を見下すために使うことです。はっきり言って、つまらない使い方ですね。しかも、その本当の目的は、意識的であれ無意識であれ、自分を偉い人だと思ってほしい、自分の地位などを守りたいというものです。

ですが、見下された相手からすれば、自分を見下す相手を偉いとか、たたえるとかとは程遠いものになります。パワハラのように力関係があれば、表面上は偉いですねと言うかもしれませんが、その場の表面上だけのことにすぎません。

ポジティブ・ネガティブな使い方

手段と目的を正しく認識することは難しいものです。そして、その道具(情報)は使いようによって、ポジティブ、ネガティブ、どちらのためにも使えるものです。

例えば、カウンセリングの知識や手法を使って、相手を苦しめることだってできます。カウンセリングの知識や情報を持ち、それを使えば、相手は気持ちが楽になり、幸せになれると思い込んでいる支援者すらいます。

相談の場面で、教科書に載っている通りに、あるいは偉い先生が言った通りに共感をしておけば、悩んでいる人のためになるのだと目の前の現実を見ずに実行してしまって、相手を傷つけ続けてしまうことも実際にあります。

情報や技法などは力ですが、自分や相手の目的に即した使い方をしているか、検証をしておいた方がよいです。自分の正しさを証明するために、相手を傷つけるようなことを繰り返していたら、本来の目的を外れ、いつしか自分自身が傷つくことになるのですから。(精神保健福祉士)