【コラム・奥井登美子】
「93歳ですか。骨の量、多すぎです。すごいなあ」
夫が亡くなったが、コロナのクラスターを恐れて、葬儀など行事一切、私と3人の子供の家族だけで行うことにした。葬儀場の焼き場の職員に言われて、私もその量のすごさに驚いた。

「つぼに入り切れない。崩して入れていいですか」

「おいしそう。なめてみたいわ?」

私は指の先で骨を触って匂いをかいでみた。香ばしくて、炭酸カルシュウム独特のざらつきがあって、とても、いい香りだ。誰も見ていない。しめしめ、安心して指先ですくって、ちょっとなめてみた。香ばしくておいしい。

骨を維持するカルシウムを夫に食べてもらうのに、私がどれだけ苦労したか、誰もわかってくれない。しかし、そのお礼に、彼が私に最後にプレゼントしてくれた味だと思う。

昭和一桁は「もったいない」に弱い

76歳で大動脈解離。「いつ何があってもおかしくない体です」と、医者に言われてから、十数年たつ。「今日は何を食べてくれるかな」と、毎日毎日の食事が、私にとっては闘いの場であった。

牛乳とヨーグルトは、気にいった銘柄を、瓶で家に配達してもう。「ほら、瓶の牛乳がこんなに残ってしまったわ。もったいないから飲んでちょうだい」

昭和一桁生まれは、「もったいない」という言葉に、敏感に反応するのだ。病院の栄養指導で塩分は1日6.5g。コンビニなどで調理済みの食品を買って食べたら、1日15~12gになってしまう。「食べる子魚」「煮干し」「白魚」。魚の加工品は、塩分の少ないものを探すのが難しい。

塩分の多い魚は、家の庭石の上が猫の食事場。市役所の通報で野良猫に食べ物をあげてはいけないことになっているが、野良か、飼い猫かわからない奴がうようよ跋扈(ばっこ)している。

その猫にあだ名をつけて、「今日は珍しくチャツピイが来てくれたわよ」などと、彼の関心を猫に向けて、ごまかして、食べてもらっていた。(随筆家、薬剤師)