《続・平熱日記》8 東京タワー 1枚の絵


【コラム・斉藤裕之】少し具合の悪いところがあって入院することになったかみさん。気を紛らわすためか、東京に住む次女に会いに行ったとのこと。「どこで会ったの?」「東京タワー。なつこが行きたいっていうから」。意外な答え。

30年以上も前、一度だけ東京タワーに昇ったことがあります。仕事かなんかで上京して来た父の用事が済むまでの間、場所が近かったのだと記憶していますが、思い切って東京タワーまで行ってみました。

当時の私には穏やかではない入場料を払い、一番上の展望台を目指しました。夜の東京は道路が網目の様に光り、果てしなく広がる光の海はエネルギーに満ちていました。地球が丸く、自転しているように感じられたことをよく覚えています。

かみさんが東京タワーに昇ってそれからどうしたのか、何を食べたかは聞きませんでしたが、久しぶりに次女との時間を過ごせたならそれでいいと思いました。

やがて入院の日を迎え、次女がやってきました。一人暮らしでろくなものは食っていないだろうと思い、食べたいものを訪ねると「あんまり腹減ってない」とつれない返事。それでもと、好物のきんぴらごぼうと薩摩芋入りのトン汁を作っておいたのですが、私が出かけている間に長女と平らげてくれていました。

次の日次女と病院を訪れると、かみさんは思いの外元気で少し安心しました。病院を出て、「今日は何食べたい?」「さかな」「さしみ?」「焼き魚」「わかった」。帰りにスーパーに寄って買い物をして、いつもよりちょっとだけ品数の多い夕餉(ゆうげ)。

美味しいとも言いませんが、たらふく食べた様子の次女。私は焼酎を片手にアトリエに。すると、子供の教室用の大きな机の上に5枚ほどの絵が。部屋の中にほったらかしてある板切れに、クレヨンで描かれたものでした。

次女がいつの間にか描いたんだなとすぐにわかりました。犬のフーちゃんが寝ているところや文字の描かれたもの。そして目に飛び込んできたのは「東京タワー」の絵。かみさんとの思い出が大胆なタッチで描かれています。

日ごろはつっけんどんでぐうたらな次女。「でも、なつこはああみえて繊細なんだよ」って、かみさんがいつかつぶやいたことを思い出しました。どういう気持ちでこの絵を描いたのかはわかりませんが、入院しているかみさんには画像をメールで送りました。因みに返信はありません。この絵のことは気づかないふりをすることにした私は、次女が帰っていった後に台所の片隅に飾ってみました。

どうやらかみさんは順調に回復して予定通り退院できそうです。帰ってきてこの絵を見つけたかみさんはどう思うでしょう。多分何も言わないな。私にも次女にも。梅がほころび始めました。もうすぐ春です。(画家)

▼今回の作品は次女によるものです。