【ノベル・伊東葎花】

雨と晴れなら、晴れの方が好き。
きっと9割くらいの人がそう答えるはず。
私、間違っていないよね。

好きだった彼は究極の雨男。初めてのデートは台風級の大雨。
会うたび雨。いつも雨。彼の人生、大切な行事はすべて雨だったと打ち明けられた。

大粒の雨が窓ガラスを叩(たた)く小さな部屋で「結婚しよう」と彼が言った。
不器用だけど優しくて、きっと私を大切にしてくれる。
嬉(うれ)しかったけど、ふと考えてしまった。
彼と一緒にいる限り、この先の行事はすべて雨。
結婚式も新婚旅行も、絶対雨だ。
子どもの行事も家族旅行もすべて雨だ。

迷っていたときに現れたのは、取引先の御曹司。
出会ったばかりでグイグイ来られて、ついに誘いに乗ってしまった。
初めてのドライブは、最高の青空。グレイの雲がみるみるうちに去っていく。
「俺、究極の晴れ男なんだ」
彼が言った。私の中で、何かが揺れた。

彼とのデートはいつも晴れ。降水確率80%をも覆すパワー。
テニスにゴルフ。キャンプにバーベキュー。
楽しくて、結局私は、晴れ男を選んだ。
土砂降りの日に雨男と別れ、秋晴れの日に晴れ男と結婚した。

だけど幸せは続かなかった。
晴れ男は、家庭を顧みない遊び人で、子どもが生まれても協力どころか無関心。
たった3年で離婚した。離婚した日も悲しいくらいの晴天だった。
優しかった雨男の彼を思い出す毎日。やっぱり私、間違えた?
ひとり息子の晴太(はるた)は、父親に似て晴れ男。
入園式も遠足も、雨に降られたことはない。
しかし幼稚園最後の運動会、ピカピカのお天気だったのに、年少組のかけっこが始まる辺りから、何やら雲行きが怪しくなってきた。
そして突然降りだした大粒の雨。
運動会は一時中断で、みんなテントの中に避難した。
「予報、雨じゃなかったのにね」と困り顔の保護者たち。

そのとき、ひとりの男が園庭の真ん中に出てきて頭を下げた。
「すみません。この雨は、僕のせいです」
思わず息をのんだ。彼だ! 究極の雨男の彼だ!
「僕が来たら雨が降ることはわかっていたのに、どうしても息子が走る姿を見たくて来てしまいました。ごめんなさい」
ふくよかな女性が走ってきて、彼の隣で同じように頭を下げた。
「夫が雨男ですみません」
たちまち起こる爆笑の渦。怒っている人なんて誰もいない。

ああ、そうか。私もこんなふうに彼を支えればよかったのか。
ずぶ濡(ぬ)れなのに幸せそうなふたりを見ながら、自分の愚かさに気づいた。
雨に濡れるくらい、どうってことないのに。

彼が帰ったと同時に、雨が止んだ。
園児たちが、いっせいに走り出す。喧騒(けんそう)の中、取り残された気分でしゃがみ込んだ。
「ママ」と晴太が私の手を握った。
「虹が出てるよ」
見上げると、空いっぱいの虹が、地球をまるごと包んでいる。
なんて優しくて、なんて美しい。
ああ、そうだ。私、やっぱり間違っていない。
自分で選んだ人生だもの。
私は、世界一愛しい小さな晴れ男の手を、ぎゅっと握り返した。(作家)