【コラム・斉藤裕之】久しぶりに、瀬戸内海に浮かぶ粭(すくも)島からの便り。橋で陸続きのこの小さな島の「ホーランエー食堂」を切り盛りするのは、自らを「タコ店主」と呼ぶご主人。昨年ここで作品を並べようかと思っていたのだけれど、コロナ禍で延期になってしまって…。

お店の急な階段で、屋根裏のような2階に上がると、穏やかな鼓ヶ浦(つづみがうら)、そして山の頂に立つ精蝋(せいろう)会社のレンガの煙突が見える座敷がある。ここに近ごろ、タコ店主さんの高校生の息子さんの友人たちが泊まりに来ると言う。

ところで、昨今人気の高まるキャンプ。かび臭いテントの時代を知る私としては、至れり尽くせりの道具や施設の、言ってみれば道楽ぶりにやや呆れているのだが、果たしてこれが文化として根付くのだろうか。

粭島の手前に黒髪(くろかみ)島という島がある。御影石の採石場があって、大阪城の石垣にも使われたそうだ。

小学校のとき、実家の2階に若いご夫婦が住んでいた。おじさん(ご主人)はこの採石場で働いていて、小さなモーターボートを持っていた。ある日、おじさんは弟と私を黒髪島でのキャンプに誘った。素潜(すもぐ)りで獲ったサザエを焼いて食べたり、ロープにベニヤ板をつけたものにつかまり立ちをして、それをモーターボートで引っ張ってもらう水上スキー?は最高に楽しかった。

小さな入り江にテントを張って寝ていたら、「起きろ!」と言われて、気が付いたら波がテントのすぐそばまで来ていて、夜中に慌ててテントを移動したっけ。それから「買い物行ってくる」と言って、おじさんはボートではるか向かいに見える大津島まで出かけて行ったのを覚えている。

「Wi-FiもTVもないのがええ」

この大津島には巡航船が出ていて、友達とよく釣りに出かけた。人間魚雷「回天」の基地があったことでも知られているが、船着き場には大きなクロダイが悠々と泳いでいるのが見え、川エビをえさに岸壁を探ると、メバルが面白いように釣れた。

ある時、この波止場のすぐ近くに、1軒の店があるのに気付いた。店の名前は「ケロリン屋」。「ラーメン百円」とあったので注文すると、インスタントの袋麺にお湯を注いで渡された。子供心に「恐るべし、ケロリン屋」と思った。そして、あの日モーターボートでおじさんが買い物に来たのも、ケロリン屋だったのだと確信した。

さて、粭島のすぐ東隣には細長い大きな島。水戸一高を舞台にした「夜のピクニック」を撮った、長澤雅彦監督の最新作「凪(なぎ)の島」のロケ地になったという「笠戸島」だ。この島のキャンプ場に、海パンとヤス(魚を突く道具)を持って、自転車で親友の小池君と向かったのは、そういえば高校生の時だったか。

タコ店主さん曰く「Wi-Fiもテレビもないのがええみたい」。ホーランエー食堂の2階への階段は、高校生にとって大人の階段? 波の音しかしない夜、多分、話していることは私が高校生のころと何も変わりないと思うが…。(画家)