【コラム・オダギ秀】大学を出てからずっと、写真を撮ることを仕事にしてきた。どのくらいの時間、写真を撮ってきたかと、フィルムを使っていた昔、計算してみたことがある。仕事として写真を撮って30年ぐらい過ぎたころだ。そしたらなんと、40分ほどにしかならない。

と言うのは。

フィルムの時代だから、36枚撮りフィルムを月に100本撮ったとして3,600枚。1年にすると43,200枚。それを30年続けて1,296,000枚。撮る枚数が少ない大判カメラで撮ることも多いから、実際にはその半分としても、約60万枚以上の写真を撮ってきたことになる。

その写真のシャッター速度を、1枚当たり平均250分の1秒で撮ったとすると、1/250秒×60万枚。するとそれは、合計40分ほどになる。たった!

つまり、ボクが、一生懸命、30年間、写真を撮り続けてきたと言っても、シャッターを切っていた時間は、ほんの1時間にも充たない、約40分でしかないということなのだ。

こんな話をすると、大方の人は「ふふうん」と、感心したような顔をする。それが狙いでこんな話をしているのだが、しかし、この話にはウソがある。実は、一度のシャッターに、何十分もかかることもあるのだ。

30~40分かけて1枚のシャッターを切る

たとえば、薄暗いお堂の中の仏像を撮影させていただく時など、30~40分かけて1枚のシャッターを切るというようなことは、ごく当たり前のことなのだ。自分の体が動いてカメラに振動を与えてしまわないよう、そっとシャッターを開き、暗いからフィルムに写真が写るまで、じっと身をすくめて時が流れるのを待つ。

寒さで身体が震えたり、暑さで汗がしたたっても、ただじっと、30分も1時間も、時が過ぎるのを待つのだ。

そのような時は、30年かけて切ってきた60万回のシャッターと同じ長さの時間を、たった1回のシャッターに費やすことになるのだ。数回シャッターを切れば、それだけで何時間にもなるのだから。

考えてみると、「製造」時間に、そんなにも差がある製品なんて、他にあるだろうか。ある時は、数百とか数千分の一秒で生み出されるのに、ある時は、その何万倍もの時間をかけて作られる。その製品を見る者は、そんなことを意識することはまずなく、同じ次元で評価する。

写真というのは、面白い世界だと思う。(写真家、土浦写真家協会会長)