【コラム・山口絹記】これは、昨年、真夜中の東北自動車道での出来事。

この日、私は、大学時代の同期2人と、自分の娘を車にのせ、4人で岩手山のふもとを目指していた。岩手山を登ろうというわけではない。世の中も少し落ち着いてきたということで、そこに住む旧友を訪ねようという、かねてからの計画を実行に移したのだ。

同行したのは、大学の経済学部非常勤講師とプログラマー兼フリージャズドラマー。向かう先に待っているのは、元パン屋さんで現役大工さんという、共通項といえば、今でも変わらず好きなことをやって生きているくらいの面々だ。

興奮のせいか、なかなか寝付かない娘もようやく寝静まった深夜3時ごろ。後部座席からも豪快ないびきが聞こえるので、ミラーに目をやると、講師の彼のほうは静かに景色を眺めている。

「あら、起きてたの?」

「いや、山口くんひとりじゃ寂しいかと思って」

いいヤツなのだ。大学時代から私は彼の下宿先に泊めてもらっては、おいしいコーヒーをごちそうになっていた。副業としてジャズ喫茶で働く彼は、当時から音楽を愛していた。今も昔も、彼の周りは音楽とコーヒーの香りがする。

道沿いに、放射線量を示す電光掲示板が見えてきた。原発事故があったのが、ちょうど私たちが大学を卒業した年。卒業式が中止になったため、皆で奔走して手作りで行った卒業式。学生代表の挨拶をしたのも彼だった。

未曽有の災害、原発事故、世界的なパンデミック。かつてSFの題材として扱われたこれらの事象は、すべて身近な現実となって日常の風景になりつつある。

ジョージ・オーウェルの「1984年」

いつしか話題は、SFで扱われる全体主義に対する、一般読者とアカデミックの世界での認識の違いという、学生時代に戻ったようなものになった。私たちはいつも通り、和気あいあいと話しているのだが、問題は車がはいているオールシーズンタイヤ。これが非常にうるさい。

いつもであればテーブルをはさんでコーヒーを飲みながら、小声で話すような話題だ。しかし、窓を閉め切っても鳴り響く走行音に、後部座席の彼は身を乗り出し、私は話すときだけ口をむけては大音声で話さなければならない。口調もだんだん荒々しくなる。

「んなこたぁわかるけどサァ! フィクションとしてぇ! 面白いのが!大切じゃん! 1984からこっち全体主義って言ったら」

ゴォー(走行音)

「えぇ?なぁに?」

「だからぁ! オーウェルの1984!」

「あぁ! ジョージ・オーウェルね! それはわかるよ! でもねぇ! 当時から学校ではきちんと」

ガタガタゴォー(走行音)

「あぁ? なんつった?」

思い返せばこのとき、いびきが聞こえなかった気がするのだ。朝方到着した盛岡の朝市で、眠そうにしているドラマーの彼は目をこすりながら言った。

「いやぁ、てっきりケンカしてるのかと思ってさ。やべぇと思って寝たふりしちゃったよね」

彼もいいヤツなのである。

おはなしというのは、やさしくするものだと改めて感じ入る出来事だった。文章だって、きっとそうだろうと思う。(言語研究者)