【コラム・斉藤裕之】昨年11月のこと。突然パソコンが勝手に何かを始めた。それから、スカイブルーの画面に「あとはお任せください…」という自信ありげなメッセージを残して、うんともすんとも言わなくなった。再起動、強制終了。とりあえず、私のできることはそのくらい。

全く今の世の中、大局的にも個人的にも悩みの種の一つはデジタルだ。デジタルがいかに世の中を便利にしてくれているかは分かっているつもりだが、万に一つのエラーがあるとほぼお手上げだ。

そして師走。大方のことは片付いたのだが、最後に頼まれ事が一つ残った。それは知り合いのお宅の月桂樹(ゲッケイジュ)の伐採。最初に下見に行ったのは夏前だったか、月桂樹としてはかなり立派な大きさで、厄介なことにお隣との塀際に生えていて、根元からバッサリというわけにはいかない。段取りを考えつつ冬を待った。

ところが、そろそろ頃合いかなと思って、久しぶりにチェンソーのエンジンをかけてみたのだが、なかなかかからない。わかる人にはわかると思うが、チェンソーのスロットルのひもを引く作業はすぐに反吐(へど)が出るほど疲れる。ほんの数分で汗がにじんでくる。

プラグやエアフィルターを掃除してみたものの、結局、エンジンはかからず。しかし、このまま年を越すのは気が重い。何とか年内に片を付けたい。よ~し、この際、かねてから目をつけておいた、ちょいとお高いチェンソーを思い切って買いに行こう。

暮れも近い風の強い日の朝、まずは月桂樹に一礼。それにしても、最新式のチェンソーは予想以上のパワーと切れ味で、昼前に月桂樹は軽トラいっぱいのぶつ切りの山となった。次の日の朝、すがすがしい充実感と体中の筋肉痛で目が覚めた。

温故知新:古木で温まり新しきを汁?

そしてある朝、パソコンに吉兆が。実は心のどこかで復活を信じていて、電源を入れたまま毎朝再起動を試みていたところ、「初期化しますか?」という言葉が画面に現れた。「ようわからんが、いちかばちか!」。すると、何やら今までと違う作業に取り掛かった。そして奇跡の復活。

バージョンアップを果たした上に、半ばあきらめていた思い出の画像も生きていた。 でも、もうこれ以上のことは望まないから、二度と勝手なバージョンアップはやめておくれ。

一方、古いチェンソーの方は、あれ以来エンジンをかけていない。しかし焦ることはない。桜が咲き始めるころに、おもむろにスロットを引くと、けたたましくエンジンがかかるという経験を何度もしている。「温故知新、古機は温めて新し機で切る」。

明けて寅の年。例年のごとく日の出前に散歩を済ませ、薪(まき)ストーブに火を入る。それから、火鉢に炭を熾(おこ)して餅を焼いて雑煮にする。「古木で温まり新しきを汁」。ちょっと無理があるか。とりあえず今年も平熱が続きますように。(画家)