【コラム・瀧田薫】ダニ・ロドリック氏が「グローバリゼーション・バラドクス(The Globalization Paradox)」(2011年)を出版してから、今年でちょうど10年になります。この間、「グローバリゼーション」に関する論文・著作が数多く発表・発行される中で、この本の存在感はまだ失われていません。

この書物が発行された当時、著者は世界経済の「政治的トリレンマ」(民主主義、国家主権、グローバリゼーション)を同時にバランスよく追求することは不可能で、旗色の悪くなった国家主権と民主主義を守るために、グローバリゼーションをある程度制限することもやむを得ないと主張しました。

この主張を経済学の観点から見れば、いわゆる新自由主義的論理が市場と政府は対立関係にあると考えるのに対して、金融、労働、社会保障など、国家がコントロールする諸制度が補完しない限り、あるいは政府による再分配やマクロ経済管理が機能しない限り、市場はうまく回らず、秩序あるいは社会的安定も確保できないとする考え方と言えるでしょう。

政治学においても、国家の統治能力の向上なしに持続的な経済発展は望めないとの見方が有力ですし、ロドリック氏の考えは正鵠(せいこく)を射たものと思われます。

主権国家が新たな規制枠を用意

ちなみに、10月13日、主要20カ国・地域(G20)が、先に経済開発協力機構(OECD)がまとめた新しい国際課税ルールについて支持を表明しました。

内容は、法人税の国際的な課税最低税率を15パーセントとするほか、巨大IT多国籍企業を対象にした「デジタル課税」を導入することです。なお、G20は2023年の新ルール導入に向け各国それぞれに努力するよう求めています。

この新ルールは歴史的と評されていますが、その理由は2つあります。1つは、1980年代から続いてきた法人税率引き下げ競争の方向性を逆転させようとしていること、もう1つはGAFAM(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフト)に代表される巨大多国籍企業への課税強化の機運を高めたことです。

これらの企業は、これまで国際的な租税回避策により利益をためこんできました。今回のルールが導入されれば、主権国家の公的サービスが財源確保に向けて大きく前進します。つまり、主権国家の側がグローバル化に対する新たな規制枠を用意することで、大きくなりすぎた富の格差を是正する分配政策への道を開いたということです。

ただし、2023年に新ルールが導入できるかどうか、懸念材料もあります。たとえば、来年のアメリカ中間選挙で、バイデン与党が大敗するとの予想があります。そうなると、アメリカにおいて新ルールの導入はまず実現しません。トランプ前大統領の「アメリカ第一主義」の復活です。

現在、バイデン政権の支持率は低迷し、与党民主党のコントロールさえままならないとの報道もあります。結局、グローバル化とアメリカの国家主権、それにアメリカの民主主義、この3要素が織りなすトリレンマに、まだしばらく付き合うしかなさそうです。(茨城キリスト教大学名誉教授)