【コラム・瀧田薫】9月29日の自由民主党総裁選の結果、岸田文雄前政調会長が新総裁に選任された。岸田氏は4日の衆参両院本会議で首相に指名され、新内閣を発足させた。

岸田氏の勝因には、菅首相の総裁選不出馬宣言により自民党の支持率が回復し、それに伴って、自民党議員の次の選挙への危機感が薄れたことがあると思う。つまり、「安倍・菅氏路線」の刷新を標榜(ひょうぼう)しなくとも、衆議院選挙を勝ち抜ける見通しが立ったということだろう。

岸田氏は、総裁選出馬にあたり、安倍・菅路線の基本的な方向性は受け入れつつ、小泉政権以来の「新自由主義的な経済政策」を改め「成長と分配の好循環」を目指すと宣言した。安倍・菅路線を正面から否定はせず、部分的な修正を施しながら新味も出そうという狙いだろう。

この岸田氏の妥協姿勢が、河野氏と比較して、より「穏健」なものと受け止められた。自民党国会議員の間に、衆議院選を前にして、党内の力学を優先する余裕あるいは内向き志向が働いたという見方もできるだろう。

しかし、この総裁選の結果を受けて、この国の今後を楽観することができるだろうか。新型コロナウイルス禍もあり、この国の経済も外交も安全保障も極めて困難な状況にある。外に吹き荒(すさ)ぶ嵐を自民党の党内安定だけで乗り切れるものではないだろう。

「成長と分配の好循環」に注目

いずれにしろ、次の衆議院選挙が間近に迫っている。新政権が心すべきは、国民の思い、意志、希望を真摯(しんし)に受け止め、それを国政全般そして外交に反映させていくことだ。もし、新政権が前政権と同様に、異論を封じ込め、疑問に正面から向き合わず、説明責任を果さない独善的な政治姿勢を踏襲するなら、この国の将来はまことに暗いものとなる。

菅首相の退陣は、9年近く続いた安倍・菅路線の功罪を検証し、それを清算、克服する絶好の機会である。アベノミクスは為替を円安に誘導し、輸出企業の業績を好転させ、株高をもたらし、雇用を拡大したというが、この間、日本の経済成長は停滞し、勤労者の生活は以前より貧しくなっている。この事実をどう評価するのか。

IMF統計によれば、1990年代初頭、日本のGDPは全世界のGDP総額の約17%を占めていた。2020年現在、この数字は6%まで落ち込んでいる。つまり、世界経済における日本の存在感はこの四半世紀間に3分の1にまで縮小していることになる。経済の専門家は、30年には4%、つまり、1960年代の水準までさらに落ち込むと予想している。

岸田氏は、首相になった暁、「これまでの新自由主義的な経済政策を改め、成長と分配の好循環を目指す」と約束した。時宜にかなった政策であると思う。ただ、この約束を果すことが容易なこととは到底思えない。岸田新首相には、この困難に敢然と立ち向かい、正直で誠実な政治家がこの国にまだ存在していたことを証明してもらいたい。(茨城キリスト教大学名誉教授)