【コラム・瀧田薫】この著作の原題は「DO MORALS MATTER ?」、直訳すれば「道徳も大切では?」です。書名の邦訳が本書の内容とはいささか「不適合」の印象です。「政治にモラルはあるか?」の方が、売れる本になるかどうかは別にして、タイトルとしてふさわしいでしょう。

さて、本の中身ですが、「アメリカの外交を通貫してきたモラリズム」について論じ、その上で「道義的な外交政策とは何か」を問います。本書の面白いところは、歴代米大統領(F.D.ルーズベルトからD.J.トランプまで)の外交について、「意図と動機」「手段」「結果」に分けて独自の方法で採点し成績評価したところです。

邦訳の監修をされた駒村圭吾慶大教授による、明晰(めいせき)にして含蓄に富む解説を引けば、「ナイの採点表の特徴は一刀両断の裁定ではなく、複合的視点を通じての総合評価」をしている点にあります。ただし、「試験の答案の体をなしていないものや、解答する気のないようなものについては容赦しない」ともあります。

確かに、まだご存命の前そして元大統領(どなたかは読んでいただきたい)が本書を読んでいるとすれば、さぞかしご立腹でしょう。

「グローバルコモンズ」を志向

本書の結論部分で、ナイはパワーの「水平移動」(中国を代表とするアジアの興隆)と「垂直移動」(テクノロジーの発達に伴うプラットフォーム企業などの勢力拡大)が現在進行中だと指摘しています。つまり、西洋主導の国際秩序やアメリカの一極支配が限界にきていることを否定しません。

しかし、それにもかかわらず、彼は近未来の世界とアメリカの行く末について極めて楽観的です。楽観の根拠として彼が指摘するのはアメリカが持つ「ソフトパワー」の威力です。この概念はもともとナイの提唱によるもので、「自国の持つ文化や価値観に対する他国からの理解、信頼、支持、共感によって自然に獲得される国際的影響力」のことです。

つまり、ナイは、アメリカがソフトパワーを活用して、諸外国と「制度的協力の枠組み」をつくるべきだと言い、そうすれば、「開かれたルール」に基づく国際秩序の再構築とその維持に成功できると主張しているのです。ここでいう「開かれたルール」というのは、アメリカの独善的主張のルール化ではなく、諸外国との熟議によって折り合いがつけられたルールを意味します。

私見ですが、ナイの提言は「アメリカファースト」の主張とは明らかに違い、グローバルコモンズ(普遍的価値と秩序)を志向しているように見えます。しかし、ナイの場合、アメリカという国家の可能性を論じているという意味で、かの斎藤幸平による「脱国家、脱資本主義、脱成長によるグローバルコモンズ志向」とはまったく異なる思想の提唱であると思います。

今回、ナイの著作によって、われわれの眼前に、グローバルコモンズという頂上に至る2つ目の登山コースが示された、ということではないでしょうか。(茨城キリスト教大学名誉教授)