【コラム・玉置晋】ゼイゼイ、ハアハア。震える膝をさすりながら岩に腰掛ける僕と妻。後ろから登ってきた2組の家族が「お先に失礼します」と追い抜いて行きます。山道を登り始めてから、どれくらいの時間が経ったでしょう? 疲れていると時間の流れが遅く感じます。

そして、疲れると変なことを考えます。ちょっとお付き合いください。アインシュタインは時間が一定でないことを理論的に予想しました。僕らに「お先に失礼」と追い抜いて行った家族が持つ時計の時間の進み方は、静止した僕らから見て、ほんのちょっぴり遅れます。あまりにもわずかな時間なので、僕らの日常でこの時間の遅れを感じることはありません。

でも、もっと速く動く物体。例えば、航空機に乗せた原子時計の進みは、ごくわずかに遅れることが実験で確認されています。速度ともう一つ時間の流れをつかさどるものが、物理の世界にあります。重力が大きいほど、時間の流れは遅くなります。地上が重力の井戸の底にあるとすると、人工衛星が飛行する高度だと重力は小さくなるので、時計は早く進みます。

極めて精密な時刻情報を発信しているGPS衛星に搭載されている時計は、地上と比べて毎秒100億分の4.45秒だけ遅く進むように調整して、つじつま合わせをしています。時間は一様に流れないというのは、紛れもない事実です。

ロコモティブ・シンドロームと宇宙飛行士

まあ、疲れていると時間の流れを遅く感じてしまうのは、僕の気持ちの問題でしょう。ちなみに、この日、アタックした山はつくば市にある宝篋山(ほうきょうさん)で、標高461メートルの初心者向けの山です。そのまま頂上を目指すと帰れなくなると判断し、残念ながら下山しました。

登頂を断念した旨を後期高齢の母に報告したところ、「お前たちの体力の無さはロコモティブ・シンドロームだ」と皮肉られました。ロコモ…? 医療番組で聞きかじったそうですが、日本語でいうと廃用症候群。高齢者に起こる筋力低下や骨粗しょう症などを指すとのこと。筋肉や骨は年を取ると衰えていきます。

さらに病気で寝たきりになると、活動性の低下により衰えが加速します。これは、宇宙に滞在する宇宙飛行士にも言えることで、微小重力下で負荷の少ない環境にいると、健康な彼らでさえも「ロコモティブ・シンドローム」にかかります。

これを少しでも遅らせるために、高齢者も宇宙飛行士も運動訓練をするわけですが、僕ら夫婦はこれを怠ったために山に登れなかったのです。これに反省して、明日から運動をがんばろうと思った矢先、妻が秀逸な言葉を残しました。「できれば平坦な登山をしたい」。ダメだ、こりゃ。(宇宙天気防災研究者)