【コラム・瀧田薫】19世紀初頭、フランスのジョゼフ・ド・メーストル伯爵は「いかなる民も、その器量にふさわしい指導者しか持てない」という言葉を残し、思想史上の人物となった。新しい1年、コロナ禍との闘いが続くなかで、政治に期待する以外に個々人にできることがあるとすれば、手洗いとマスクぐらいだろうか。しかし、メーストルの言葉をかみしめれば、問題の解決を政治家任せにはできない。せめて、あるべき政治を考え続ける1年にしたいと思う。

最近、アメリカの政治学者の間で「必要なのは大きな政府や小さな政府ではなく、賢い政府だ」と言われるようになった。その含意は、「大きな政府と小さな政府を時宜に照らして使い別ける智恵」がほしいということのようだ。

こうした見解が出てくる背景に、アメリカ民主主義の制度疲労があることは言をまたない。「アメリカ国民を真二つにした政治的分断と分裂」。これは一義的にはトランプ大統領のもたらしたものだが、共和党の少なからぬ下院議員が同大統領の「不正選挙をやり直せ」という主張に同調している事実が示すように、政治家個々の資質の劣化も深刻なレベルにある。

トランプは嫌だからバイデンに?

さて、バイデン次期大統領だが、賢い政府を目指していることは見て取れる。しかし、政治的環境、経済状況、国際関係(対中国、対ロシア、対中東、その他)など重要課題が山積し、しかもそれらが絡まり合って解決の糸口を見つけることすら難しい状況にある。

彼の支持票の多くは、「トランプは嫌だからバイデンに」という、いわば消去法によるものとの見方が強い。新政権の常道として、成果がすぐ出そうな課題から取り組みたいところだが、今回ばかりはコロナ対策を最優先しなければならず、しかも短期間のうちに成果を上げねばならない。それができないと、バイデン支持者の期待は一転して失望に変わり、トランプ大統領支持者の新政権攻撃は激化する。

つまり、バイデン新大統領にとって、時間こそが最大のリソースであると同時に足かせなのだ。最初の3カ月、いや2カ月かもしれないが、そこで成果を上げれば、その後は比較的安定した政権運営が可能になるだろう。しかし、つまずこうものなら、2年後の中間選挙はすぐにやってくる。そこで民主党の敗北、さらにその2年後の大統領選へのトランプ氏の再出馬、そんな事態さえ予想される。

スガノミクスはスガノリスクに変異?

ところで、われわれは菅政権に期待できるだろうか。12月27日、トランプ大統領がコロナ感染拡大に対応する総額9000億ドル(約93兆円)規模の追加経済法案に署名した。その途端、日経平均株価が700円超急騰、30年ぶりの2万7000円台を突破した。日本の証券市場で「米国のコロナ対策」が評価され、外国人投資家が買いに回る展開である。

折しも菅政権の支持率が急落中で、口の悪い市場関係者が「スガノミクスはスガノリスクに変異した」とコメントしている。どうやら、メーストルの言葉をかみしめ直すしかないようだ。(茨城キリスト教大学名誉教授)