【コラム・田口哲郎】

前略
今回はコロナを離れて閑話休題といきましょう。この間、人気バンドのバンプ・オブ・チキンのニュースを目にしました。ボーカル藤原基央氏の結婚です。おめでとうございます。さて、世間を驚かせたのは、未婚だと思われていた他のメンバー(直井、増川、升各氏)が実は既婚者だった、という続報です。事務所関係者談というのですから穏やかではありません。

プライベートですから、結婚を非公開にすることにもちろん問題はないです。しかし、なぜ結婚を非公表にしたのでしょう? ファンがそう望むだろうから、という答えが返ってきそうです。ロックバンドとはいえ、あれほどの人気があれば、アイドル的といえるでしょう。

アイドルはファンみんなのものです。某女性アイドルグループは恋愛禁止をうたっていますね。確かに好きなアイドルが誰かの恋人、妻、夫なのは面白くないでしょう。疑似恋愛だとしても、不倫みたいで嫌だと心の底で思うのでしょう。人間は思ったよりも道徳的で潔癖な動物なのかもしれません。

人気者は孤独をまとう

映画「男はつらいよ」シリーズの寅さんを思い出しました。寅さんは全国各地の露店を回る渡世人です。行方定めぬ旅人は遊民に似ていて親しみを覚えます。

さて、寅さんは毎回登場するマドンナにほれますが、結局恋仲になる前に玉砕して、また旅に出ます。もし寅さんが名うての色男でマドンナを次々とものにしたら、あの映画は国民的映画になり得たでしょうか? 長寿シリーズたりえたのも、寅さんが万年失恋独身男だからだと思います。

ファンはバンプ・オブ・チキンのメンバーには寅さんであって欲しかったのです。藤原氏は孤独や生きる不安を詩に込めて唄い、他メンバーは抒情的旋律を奏でますから、彼らからは、成就する恋愛を想像しにくいのです。

そういえば寅さん役の渥美清氏はプライベートを一切明かさないことで有名でした。山田洋次監督でさえ家も家族も知らなかったそうです。渥美さんは大衆が寅さんに何を求めるのかよく分かっていたのでしょうね。そういう意味ではバンプ・オブ・チキンのメンバーの姿勢はたたえられるべきです。ファンの独占欲と道徳心を満たすために、プライベートをひた隠してロック界の寅さんを演じていたのですから。ご苦労さまです。

孤独はアーティストにとって軽視できない要素です。自分に対するイメージのみならず、創作の本質としても。『変身』で知られるカフカは結婚まで考えた恋人と結局別れました。結婚すると孤独ではなくなり、小説を書けなくなると考えたからです。

『叫び』で知られるムンクは独身時代に暗く強烈な絵を描きました。しかし、幸せな結婚をして、同じ画家の作品かと驚くほど画風が明朗になりました。さて、かく言う私は孤独な遊歩者ですから、哀しいかな、何も隠すことはありません。気楽ですが、少し寂しいです。ごきげんよう。

草々(散歩好きの文明批評家)