【コラム・古家晴美】少々、先のことになるが、正月までに10日ばかり残すころに、1年のうちで昼が最も短くなる「冬至」がやって来る。このときにカボチャを食べてきた地域は多い。カボチャを粥(かゆ、岩手県)や小豆汁(あずきじる、鳥取県)に入れる所もあるが、多くの地方では、砂糖や醤油を加え甘く煮たものを、この日に食べると中風にならないと言われている。茨城県内でも、同様の慣習は広く見られる。

カボチャはアメリカ大陸原産のウリ科の植物だが、16世紀にポルトガル船によってカンボジア経由で日本にもたらされたことから、この名がつけられた。

その野菜がどこで中風と結びつくのか明確な証拠はない。一つの可能性として考えられることは、冬至に食べられる自家用国産カボチャは、ある程度、季節外れの希少性を帯びていたという点だ。夏~初秋に主に収穫され、2~3カ月とっておくことができる保存性が高い野菜だ。

しかし、さすがに12月半ば過ぎとなると、寒冷地域では5個のうち1~2個が腐っていなければよい方で、納屋の隅に転がっているものを持って来て冬至に煮て食べた、との記録も散見される。

旬をうろ覚えの現代人にとって、旬を外した農作物の価値というのは実感が湧いてこないかもしれないが、24節気に当たる「冬至」の季節の変わり目に、カワリモノを食べるということは、新たな力を得るとともに厄払いの意味があったのかもしれない。

瓢箪から駒の「江戸崎かぼちゃ」

ところで、県南で「カボチャ」と言えば、「江戸崎かぼちゃ」を思い浮かべる方も多いかもしれない。江戸崎(現稲敷市)で出荷用のカボチャを生産し始めたのは、昭和40年代のことだ。

「江戸崎かぼちゃ」誕生には一つのエピソードがある。昭和44~45年ごろ、複数産地からのカボチャの出荷が重なり、値崩れの可能性があった。そこで、江戸崎では、これを避けるため、通常、着果後45日で収穫し1週間追熟させて出荷していたものを、50日くらいまで先延ばしに完熟させてから収穫した。

まさに「瓢箪(ひょうたん)から駒」で、これを食べてみたら、甘くておいしいカボチャになっていることが判明。それから約5年かけて、着果後55日の数字を割り出したという。「江戸崎かぼちゃ」は現在、厳しい基準をクリアし、地理的表示保護制度(GI)に登録され、ブランドを確立した茨城県自慢の一品だ。

今年の冬至は、奮発して「江戸崎かぼちゃ」を買って、中風除けとともにコロナの厄払いをしてしまおうか。(筑波学院大学教授)