【コラム・瀧田薫】8月28日、安倍晋三首相が辞任の意向を表明した。第2次内閣発足(2012年12月26日)以降、首相在任日数は2800日を超えており、難病を抱えながら激務をこなしてきた首相の自己管理能力には敬服するが、それも限界にきたということだろう。自民党総裁の任期はまだ残り1年あるが、政治空白をつくるわけにはいかない。後任選びを急がねばなるまい。

辞任表明を受け、「突然のことで驚いている」とコメントする有力議員がほとんどだが、後釜首相候補者は活発に動きだしているし、新聞紙上でも「安倍長期政権の総括」が始まっている。

たとえば、政治学者・細谷雄一氏(8月25日付朝日新聞)は、「安倍首相の思想信条(戦後レジーム=戦後体制からの脱却)は、多くの国民の意識とはかけ離れていた。それが、第1次政権が短命に終った理由だ」とし、さらに「第2次安倍政権は先の失敗を教訓として、アベノミクス(実利の経済政策)を前面に押し出すと同時に集団的自衛権行使の一部容認に代表される保守重視のイメージ戦略を組み合わせた、この絶妙なバランス感覚が安倍長期政権を支えた」と指摘している。

安倍首相からすれば、レームダック(政治的影響力を失い、政権末期を指摘される首相や大統領)扱いをされることは不愉快なことだろう。しかし、もっと不愉快なのは「戦後体制からの脱却」が事実上失敗に終わったと指摘されたことだろう。

教育基本法の改正や集団的自衛権行使の一部容認など、一定の成果はあったとする与党内の見方もあるが、「この国を安倍首相の考える本道に戻す」という究極の目標からすれば、満足できる成果ではない。結局、安倍首相は、志半ばにして、失意のうちに第一線を退くこととなった。

トランプ依存外交は幕引き

さて、後継政権の政策課題はどうなるだろうか。イデオロギーについては「戦後体制からの脱却」という看板が継承される可能性は低い。しかし、世界情勢次第では、ナショナリズムへの対応が必要になるかも知れない。

安全保障政策については、安倍政権の敷いた路線が当面継承されるだろう。経済面では、アベノミクスの負の遺産(経済格差の拡大、財政規律の破綻と累積債務、地方の疲弊など)を抱えながら、人口減少と低成長、そしてコロナ禍という苦い現実に向き合わねばならない。

残念ながら、日本の技術競争力は、デジタル化に代表される構造改革についていけず、落ち込む一方である。日本の産業を支えてきた中小企業を支援し、これをベンチャー化するなど、新たな産業政策も必要だ。行政と国会の改革も待ったなしである。いわゆる「政治主導(安倍一強)」を見直すことになろう。

最後に外交面であるが、米大統領選挙の結果一つ、それで国際環境は激変する。これからは、米中対立の狭間で、日本外交の自主性とバランス感覚が問われるだろう。トランプ依存でやっていけた時代は、コロナウイルスの登場で潮目が変わり、安倍首相の退陣とともに幕引きとなりそうだ。(茨城キリスト教大学名誉教授)