【コラム・堀越智也】山川出版の詳説世界史を読んでいる。人は30代になると走りたくなり、40代になると歴史から学びたくなるというのが、僕の持論である。本屋では、歴史から勉強する系の本が平積みになり、ネットでは歴史を学ぶ動画が人気を博している。

ところが、歴史の教科書や本は、過去を知るという意味では学べるけど、未来を予測するということでは、なかなか学ぶことが難しい。考えてみれば、僕らの子どものころの教科書が未来を予測していていたかと言えば、その記載とは全然違う未来になっている。

教科書には書いてはいないが、大人は第3次世界大戦の可能性を語ったり、恐怖の大魔王が降ってくると脅かしたりと、僕は未来への恐怖心を煽られた。しかし、これらは現実化していない。戦争を繰り返してはいけないので、第3次大戦の可能性を語ることは大事だっただろうけど、世界を揺るがすのは戦争だけではなさそうだと、withコロナで知ることになる。

過去の感染症や伝染病の記述はないわけではないが、教科書にはさらっと記載されているだけで、未来への不安としては書かれていない。14世紀のイギリスとフランスの100年戦争のころにペストが流行したと書かれていると、昔のこととさえ感じる。

教科書についてネガティブなことばかり書いてしまったが、教科書は予言書ではないので、未来がこうなると書かれているはずがない。僕らのほうこそ、教科書に書かれた事実から未来を予測しなければならないし、よい未来にする努力をしなければならない。

未来を予測して何をすべきかを考える
ただ、教科書や学校の勉強だけで、未来を予測できるはずがない。僕が高校を卒業したのは1993年だけど、そこまでの勉強で、2年後にWindows95が出てインターネットで世界がつながるなんて分からなかったし、スマホでいろいろなことができるようになるなんて予想できなかった。

予想できるはずがないと開き直っているのではない。ネットの存在は知っていたし、例えば慶應大学に湘南藤沢キャンパス(SFC)ができて、こんな社会になるとなんとなくは言われていた。それでも高校を卒業する段階で、僕みたいに未来を予測せずに人生設計をしている若者だらけだったのは、まずかったのではないかと思い、皆で反省したいと思っている。

この15年くらい、日本は世界で1人負けしたと言われている。今年は戦後75年の年だけど、この間、戦争がなくてよかったと思っている日本人が大半だと思う。もちろん僕も、世界大戦が起こらなくてよかったと思っている。

だけど、戦争でない戦いで大敗を喫しているかもしれない。この15年、日本が1人負けしたと言われると、僕のようにのんきな高校生がいたせいなのではないかと、思ってしまうことがある。だから、歴史から学びつつ、未来を予測して、何をすべきかを考えたくなる。

日本は、第2次世界大戦後に、僕らの親の世代の努力のお蔭で高度経済成長を遂げた。今の僕らは、大敗を喫した直後で、僕らの親の世代と同じように突き抜ける努力をしないといけないのではないか。

そうは言っても、第2次大戦後の高度成長のころとは、重大な違いがある。それは、何をどう努力すればいいのかが分かりにくいことだ。だから、歴史を学びつつ、未来についても語り合い、あるべき成長を遂げたいと思う、戦後75年夏。(弁護士)