【コラム・瀧田薫】2013年1月、再選されたオバマ大統領は2度目の就任式に臨み、リンカーン大統領と公民権運動の指導者キング牧師が愛用した聖書に手を置いて就任の宣誓をした。このパフォーマンスにこめられた政治的意図は、アメリカ建国以来の宿痾(しゅくあ)である人種差別を解消し、分断された社会に調和と協調をもたらすことにあった。しかし、不幸なことに、アメリカ初の黒人大統領の願いは実らず、トランプ大統領の登場以降、アメリカ社会の分断はむしろ拡大の一途を辿(たど)っている。

今年11月、トランプ大統領は再選をめざして民主党候補バイデン氏とたたかう。現時点(7月2日)で、大方の専門家の予想はバイデン氏有利としているが、前回選挙同様、予断を許さない。それはさておき、ここまでの選挙運動を通じて目立った動きは、オバマ氏が前職大統領としては異例なほどにバイデン氏に肩入れし、支援する姿勢を見せていることだ。トランプ氏が再選されれば、アメリカ建国以来の理想(自由、民主主義、人権など)の崩壊につながるとの危機感が彼の背中を押しているに違いない。

2020年5月25日、米中西部ミネソタ州ミネアポリスで、白人警官が黒人男性の首を膝で押さえ続けて死亡させる事件が起きた。この映像がネットを通じて拡散されると、全米各地で人種差別に抗議するデモが発生し、時間の経過とともに、デモは人種差別に対する抗議の域を超えて、米国社会に残る「構造的な差別」の根絶を訴える運動へと展開しつつある。黒人奴隷制度と先住民からの収奪のうえに繁栄を遂げた米国の歴史そのものを見つめ直す議論も始まっている。

南北戦争のトラウマが大統領選に影響

一例をあげれば、南部ミシシッピ州議会(上下院ともに共和党が多数を占める)は、南北戦争(1861年)で南軍が使用した旗をあしらった州旗を廃止する法案を圧倒的な多数で可決した。アメリカの全州の旗から南軍旗のデザインは消え去ることになる。アメリカで、何かが動き始めたようだ。

筆者は、過去何回かの米国大統領選挙について、毎回同じ仮説上に立って分析を試みてきた。すなわち、「南北戦争」(同じ国民同士が殺し合った記憶)のトラウマが大統領選挙の結果に影響を及ぼすのだが、その影響の出方(強弱)は選挙ごとに異なるという仮説である。例えば、オバマ氏の選挙の時よりもトランプ氏の選挙の時に「分断国家」のトラウマはより強く出た。分析の手法としては実に単純で、南軍に参加した州と北軍に参加した州それぞれにおける投票行動(誰に投票したか)を比較する。

ちなみに、前回選挙においては、予想どおり、南軍に参加した州の投票はトランプ氏に有利に出た。今回の選挙においては、アメリカの歴史上、これまでにない何かが起きるかもしれない。ただし、今回の選挙の結果がどちらに転ぼうとも、日本国が受ける影響は深刻なものになる。それだけは確かなことだ。(茨城キリスト教大学名誉教授)