小学校の図工室を借りて絵を教えています。集まってくるのは人生の大先輩の方々。その中のおひとり、元大学の先生で言語学者のT氏。絵を描く合間のちょっとした雑談の中にも豊富な経験や幅広い知識が垣間見られ、若い頃に研究のために訪れたヨーロッパの風景を熱心に描かれます。

その方の奥方がこの数年うつ病を患われているとのこと。そこでT氏は奥方の症状をなんとか改善できないものかと、医学書を読んだり講演会に参加したりしたそうです。しかしなかなか難しい。そんな中でも気になったのが「鉄」だそうです。

ある研究によると、人間の感情と鉄分が関係あるそうで、現代人は特に鉄が不足しているということ。これがうつ病などとも因果関係があるのではないかということらしいです。もちろん食事で鉄分を摂ることも大事なのでしょうが、T氏曰く、現代人が鉄と触れ合わなくなったことも大きな要因だそうです。

確かに日々の生活で鉄に触れることは少なくなってきました。鉄の道具を使い五右衛門風呂に入っていた頃に比べ、多くの製品はステンレスやプラスチックという素材に置き変わってしまいました。我が家では友人が打ってくれた鉄の包丁、合羽橋で買った鉄のフライパンなどを使っていますが、普通のご家庭では子供たちが鉄に触れることもほとんどないでしょうね。錆びない包丁やこびりつかないフライパンの方が便利ですから。

思えば小さい頃から鉄には何か惹かれるものがありました。機械の部品や道具など、今も古道具屋で鉄製品を見ると手に取ってしまいます。「鉄萌え」とでもいいますか。鉄には素っ裸で潔い強さを感じます。

さて、先日ある友人のお父上が生前に使っていたという道具類を処分するというので譲り受けました。その方は若い頃板金屋さんをされていたそうで、鉄製の金切り鋏やこて、たがね、やっとこ、コンパスなど、少し錆びてずっしりした存在感のある道具たち。使うことは恐らくないだろうと思っていたところ、一緒にもらった旧仮名遣いの「板金入門」という小冊子をめくっているうちに、血液中の鉄分が反応を起こしてきました。モノづくりの血が騒ぐというやつですかね。(斉藤裕之)