【コラム・瀧田薫】中国で新型肺炎の患者が急増していると聞いて、2002~03年にかけて中国で流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)を思い出した。当時の中国政府は、数カ月間、感染の全容を明らかにせず、WHO(世界保健機関)の医療活動を遅らせる原因をつくったとして、世界中から厳しい批判を浴びた。

今回は、ウイルスの全遺伝情報(ゲノム)が中国政府からWHOに提供されているから、前回の経験が少しは生かされたようだ。しかし、問題がなかったわけではない。中国政府が武漢市を封鎖する前に、市の人口の約半分(500万人)が同市を脱出していた事実が明らかになった。

初動対応の遅れは明らかで、中国政府の威信が傷つくことは避けられまい。ともあれ、中国政府が国内のパニックを恐れるのであれば、国内外に対する情報公開を断行することだ。権威主義的な体質で凝り固まった中国政府にとって難しいこととは思うが、それ以外に今回の苦境を打開する策はない。

地方の観光業の痛手は深刻

ところで、コロナウイルスによる経済的損失は、現時点で見積もっても巨大なものになりそうだ。中国においては、政府が春節連休の延長を決めたこともあり、製造業の稼働中止が長引きそうな情勢である。そうなれば、中国発の世界サプライチェーンが変調を来し、外資系企業にも甚大な影響が及ぶだろう。

新型肺炎の収束がいつになるかにもよるが、工場を海外に移すなどの動きが出てくる可能性もある。もともと中国の構造問題として潜在していた製造業(外資含む)の海外移転について、これが一つのきっかけになるかもしれない。

日本国内への影響としては、訪日外国人客需要の落ち込みが懸念され、すでに化粧品や小売り、サービス業、航空その他運輸関連業界などの株が軒並み大幅値下がりしている。また、地方の観光業の受ける痛手は深刻だ。韓国客の代わりに中国客に期待していた北海道の観光業者からは悲痛な声が上がっている。

中国資産の手持ちを減らす動き

一方、マクロ的な視点からの損失予測(日経27日付)によれば、中国元の対ドル相場は27日に1ドル=6.98元まで下げ、1カ月ぶりの安値となった。市場では「中国資産」の手持ちを減らす動きが始まっており、世界景気の下押し圧力になることは確実とみられる。

SMBC日興證券は、中国人の海外団体旅行禁止が半年続いた場合、世界のGDPが約0.1パーセント下がると試算している。野村総合研究所は、日本に訪れる観光客が02~03年のSARS発生時と同じ程度で減った場合、20年の日本のGDPが7760億円減り、影響が1年間続けば2兆4750億円減って、GDPを0.45パーセント押し下げるとみている。

いずれにしろ、2020年の世界経済は大荒れとなるだろう。異常気象に加えて、新型ウイルスが出現するなど誰が予想したろう。「日本丸」の舵取りもオリンピックを控えて一段と難しくなる。政治にも大きな動きがあるかもしれない。(茨城キリスト教大学名誉教授)

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