《ひょうたんの眼》24 知らしむべからず、よらしむべし

臨沂の孔子廟

【コラム・高橋恵一】新年早々、中国の山東省臨沂(りんぎ)市を訪れた。山東省は、東シナ海につながる黄海と渤海の間に山東半島が突き出しており、日本人では、青島市が知られている。山東半島の南で黄海に面するこの町は、歴史に登場するのは新しく、日清戦争のあと、弱みに付け込んだドイツが租借地(そしゃくち)として、ドイツ帝国の東洋艦隊の母港を置いた。第一次大戦で日本が攻略し、権益を獲得しようとした地である。

ドイツからの賠償品として、特大な飛行機の格納庫を接収して茨城の阿見町に移設し、飛行船「ツエッペリン伯号」の世界一周の折、その格納庫に収納したエピソードがある。青島ビールが知られている。

訪れた臨沂市は、青島より西の内陸で人口1千万人。臨沂の北西200キロには、泰山がある。泰山は高さが1524メートルだが、中国ではシンボル的な山で、泰山の東側だから山東省、西側の黄河までが山西省という具合である。ちょっと大雑把だけど。山東省は、論語の孔子や兵法の孫子の出生・活躍の地であり、中国の思想・文化を思うに、欠かせない地域である。

古来、日本では、教養と言えば、四書五経を学ぶことであり、特に武士政権、封建時代においては、儒教が尊重された。その頂点に位置するのが、孔子の論語である。孔子の故郷である曲阜(きょくふ)市の孔子廟を訪ねたいと思ったが、臨沂市から高速道路で片道3時間以上、さらに、雪が降って来て、曲阜行きは実現しなかった。中国は広い。

批判的な検証を怠る大メディア

直接孔子廟で人間を磨くことはできなかったが、論語の教えに気になる言葉がある。「知らしむべからず、よらしむべし」「子曰(いわ)く、民は之(これ)に由(よ)らしむ可(べ)し、之を知らしむ可からず」とあり、一般的解釈は「人民大衆というものは、政府の政策に盲目的に従わせておけばよいので、彼らには何も知らせてはならない」「民は政治に頼るもの、政治を知るものではない」の意味であるという。

これは、封建時代ではなく、今の日本ではないか。為政者は、正面からの議論もせずに軍事費の拡大や、ばくち場の設置を決める。強者や身内を優遇して、国民間の格差の拡大を顧みない。国民へ丁寧に知らしめることはない。見え見えの誤魔化し言葉を持ち出し、都合のよい数字だけを切り取って、丁寧に知らしめたと強弁する。

民主主義社会において、知らしむ役割を担うのは、メディアであろう。ところが、大メディアは、よらしむことに注力し、批判的な検証を怠っている。本来、問題を深く掘り下げ分析して庶民に本質を知らしめなければならないメディアが、知らしめるどころか黙ってしまう。なぜか為政者の不都合が生じると、芸能人のスキャンダルや巷の事故が大きく報道され、不都合なテーマを隠してしまう。

論語「知らしむべからず、よらしむべし」の解説では、こういうことだから、為政者は大きな責任を負い、徳の高い君子でなければならないと説いている。(地図愛好家)

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