《続・平熱日記》53 何もない年 何か始められる年


【コラム・斉藤裕之】新聞の記事をスクラップすることがある。透明のファイルの中に昨年の東京モーターショーの記事が斜めに入っていて、ある単車が再度脚光を浴びて展示されたという見出しが見える。この単車はだいぶ前に生産中止となった通称ハンターカブと呼ばれるもので、何を隠そう、私が十数年前に街道筋のバイク屋で見つけ、カミさんにあきれられながらも買った単車と同じものなのである。

寒い時期は乗らないので、春になると大汗をかいてエンジンをかける。昨年も家の前で悪戦苦闘していたら、通りがかった男性にかけられた一言。「カッコいいっすね!」。排気量110㏄、最高時速80キロそこそこという非力な単車に、いまさらながら妙に親近感を覚える(カッコいいという部分に非ず)のであるが、この思いがけない記事にわが人生を重ね、少なからず励まされたのを覚えている。そこで、今も記憶に残る単車にまつわる思い出を二つ。

単車にまつわる二つの思い出話

浪人も様になったころの話。昼間は新宿のコーヒー屋さんでバイトしながら、夜、予備校で絵を描く日々。そこにコーヒーを飲みにいらっしゃるおじいさん。言っちゃあなんだが、白いひげの伸びたコギタナイじいさん。このじいさん、原付きバイクの後ろにリヤカーをけん引して古新聞や段ボールを集める、いわゆるバタヤ。

職業に貴賎なしとはいえ大変な仕事。実は私の親父に顔がよく似ていて、同じコーヒー屋でバイトをしていた弟とは密かに「新宿のおとうちゃん」と呼んでいた。しかし後に聞いた話で、このじいさんはこの原付きバイクとリヤカーで息子を一流大学までやり、今は稼いだ金をどこかに寄付しているとのこと。

もう一つは、オンボロ単車で郷里山口まで帰省した時の話。帰りは博多からフェリー。二等客室の数名しかいない客の中に足のないおじいさんが。聞けば、このおじいさんは原付きバイク?で日本中を旅しているのだとか。見渡す限り海しか見えない船のだだっ広い客室で35時間。

おじいさんと何を話したかはもちろん覚えていない。そしていよいよ着岸。すると例のおじいさん、手動で制御できるように改造された三輪の単車を操り、東京の雑踏にひょうひょうと消えていった。

オレンジ色のヘルメットで出発進行!

あれから数十年、正月に帰ってきた次女と立ち寄った大型リサイクルショップで見つけたオレンジ色のヘルメット。好みでもないが、何となくそのままレジへ。今年初めての買い物となったが、かみさんと次女は意外なほど無反応。これはまさに新たなエピソードの始まりか?ちなみに今年から「ですます調改め常体」にて寄稿(関係ねえか?)。

さて今年はといえば、世の中は好むと好まざるとにかかわらず、オリンピック一色のはず。一方、わが家は近年毎年のようにあれやこれやのイベント続きだったのだが、今年は今のところこれといった予定なし。なにもない年。だからなにかを始められる年。いざ、オレンジ色のヘルメットで出発進行!(画家)

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