【コラム・瀧田薫】昨年12月20日、2020年度の税制改正大綱が閣議決定され、「未婚のひとり親」に対する税制上の差別が撤廃された。過去、死別や離別によるひとり親については所得税と住民税について一定の控除があったのだが、未婚のひとり親は除外されていた。数年来、公明党がこの差別をなくそうと動いたものの、伝統的家族観にこだわる自民党保守派の猛反対で実現できずにいた。それが、今回の改正では実現したのである。

いったい自民党に何が起きたのか。調べてみると、さらなる驚きが待っていた。この改正を主導したのは誰あろう、自民党幹事長代行の稲田朋美氏であった。稲田氏は安倍首相に抜てきされて防衛相に就任したが、南スーダンPKOに派遣された自衛隊の日報問題で引責辞任している。当時、稲田氏のお粗末な国会答弁を聞いて、慄然(りつぜん)としたことを覚えている。その稲田氏が毎日新聞「政治プレミア」12月19日付に一文を寄せ、この改正を主導したのが稲田氏自身であったことを明らかにしたのである。

筆者は原文を読んでみたが、防衛相であった当時の稲田氏と同一人物が書いたとは思えない内容であった。ちなみに江川紹子氏(オウム真理教を追及したジャーナリスト)も驚きをもって稲田氏の文章を読んだようで、12月25日付「政治プレミア」において、稲田氏を保守政治家と誤解していたことを詫び、稲田氏の仕事をきっかけとして、政治のあり方が変わる可能性について言及している。

すなわち、「保守かリベラルかという分け方はもはや意味を失っているのかもしれない。現実を見ているかそうでないかが一番大事なような気がする。稲田さんのような女性議員が増えていけば、政治のあり方も変わるかもしれない」と述べている。

リベラルな政策をつまみ食い?

筆者は江川氏とは違い、稲田氏の背後に安倍首相の存在を感じている。首相が今回の改正に前向きであり、自民党税制調査会長の甘利明氏がその意を受けていた。その流れの中で、稲田氏は安んじて税制改正のお先棒を担いだというのが実相だと思う。自民党保守派の反対を制したのは稲田氏と自民党女性議員ではなく、安倍一強政権である。

現状、保守かリベラルかという分け方が無意味化したことは江川氏の指摘するとおりであるが、この現象をもって保守とリベラルが歩み寄る新たな政治のあり方が生まれつつあると考えるのは早計であろう。安倍政権の強みは、保守政権の枠組みを強固に維持しながら、リベラルな政策をつまみ食いすることを躊躇(ちゅうちょ)しない、そのフットワークの軽さにある。

しかし、その結果、政治が場当たり的になり、政治の全体像や国家のあり方について、国民に見えにくくなっていることは大きな問題だ。筆者は「未婚のひとり親」に対する差別が解消されたことについては歓迎する。しかしこの改正はあくまで税制改正の部分であって、全体ではないことを忘れてはならないと思う。(茨城キリスト教大学名誉教授)

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