【コラム・浅井和幸】私が代表理事をしている一般社団法人LANSという、居住支援法人があります。住宅確保要配慮者という、簡単に言うとアパートなどを借りにくい方の相談を受ける法人です。

ある地方公共団体の福祉部署より電話が入りました。家族の暴力から着の身着のまま逃げてきたが、今日の寝る場所が確保できない親子がいる、何かアイデアはないか、という相談でした。福祉課やボランティアなどと連携し、寝られる場所と食料の確保をして、急場をしのぎました。その後、家具などの寄付を募りつつ、職を見つけ、お子さんの学校も決まり、徐々に生活が回り始めました。

ギリギリの生活の中、その母親には、私になかなか言えない悩みごとがありました。自分でいろいろ方法を探しましたものの、見つからず「こんなことを相談してもよいものか悩んだのですが、話を聞いていただけますか?」と切り出してきました。

以前住んでいた家に家財道具などを取りに行きたい。しかし、持ち金もあまりないので、引っ越し屋さんにも頼めない。軽トラック1台あれば十分なぐらいの荷物だけれど、動くに動けないとのことでした。他のNPOと連携して、車とボランティアを探し、対応できる段取りが取れました。

一つ一つの引っ掛かりを解きほぐす

もちろん、そう簡単にできたわけではないですが、実は、この荷物を運ぶということを、この母親が決断できるまでは大きな葛藤があったのです。荷物を運ぶということは、思い出したくない暴力の現場に戻らなければいけないからです。ほんの少し前までは、その場のことを考えるだけで手が震え、吐き気がするほどだったのです。

実際に荷物運びをした時も、冗談交じりに笑顔も出ていましたが、かなり緊張していました。特に問題なく済んだものの、相当疲れていた様子でした。

そこまでして、荷物を持ってくると決断したことには、大きな理由があります。それは、荷物を持ってくることによって、やっと暴力の場から縁が切れると考えたことでした。実際に荷物運びが終了して、本当の再スタートが切れた気持ちだということでした。

それぞれの生活や感じ方、考え方に寄り添い、一つ一つの引っ掛かりを解きほぐすことによって、ただ生きるのではなく、明日に希望の持てる生活になっていくのだと感じるエピソードでした。(精神保健福祉士)

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