【コラム・山口絹記かすむ視界に、クリスマスのイルミネーションが、連なるテールランプがにじむ。メガネが汚れているのかもしれないが、今の私にレンズを拭くという動作は難しい。

どうにか自宅に着いた私は、今夜は家に帰れない想定で服を着替え、妻の運転する車に乗って病院に向かっていた。右腕の痺(しび)れは少しずつひどくなる。

運転席の妻に、後部座席の娘に、外は綺麗(きれい)だと伝えたいと思ったが、何も話せないことを再認識して私はじっと窓の外を見つめていた。

たとえ言葉が話せたとしても、この景色は誰とも共有などできないのだろう。それはさみしいことのような気もするし、尊いことにも思えた。

重たい眠気が波のように寄せては引いてを繰り返す。まだ夜更けでもないのに、この眠気も何かの異常だろうか。

妻に連れられ救急外来にかかる。問診票を渡されても何も書けない。文字は理解できるが音読は無理だった。名前を呼ばれ、診察室へ。

医師の苛立ちが伝わってくる

「今日はどうされました?」。さっそく困ったことになった。どうしたもこうしたも、話せないからここにいるわけだが、こんな時のために、自分の症状をまとめておいた紙を家に忘れたことに気がついた私は、医師を見つめ返す他ない。沈黙。

「私の言ってることがわかるなら右手を、わからないなら左手をあげてください」。長く早口な発話内容を理解するのが苦しい。節ごとに区切って考えてみて、なんとか理解する。しかし、残念ながら右腕は思ったように動かないし、左手をあげれば矛盾が生じるような質問をする意図の方がわからなかった。おそらく医師も不慣れな状況なのだろう。沈黙。

「自分の名前、言えますか?」。医師の苛立(いらだ)ちが伝わってくる。問診しようにも相手は無言なのだ。不憫(ふびん)である。口を開きかけるが、頭の中に漢字で浮かんだ自分の名のイメージは、つかみ取る前に煙のようにかき消えてしまう。

最早(もはや)、自分の名前もわからなかった。

「とりあえずCT(コンピュータ断層撮影)撮っておきましょう」。私が口を閉ざしたのを見て、明らかに不機嫌な医師は退出を促す。失語症状の人間が見た目は元気そうに来院することは少ないのだろう。それでもCTを撮ってもらえれば上出来だ。不調法をお許しください、と心の中で思いながら診察室を出る。

CT撮影が終わると、技師の作業室でバタバタと人が慌(あわ)てて出て行く音が聞こえた。どうやら、私の頭の中で何かが起きていることに気がついてくれたらしい。

救急外来の処置室で家族3人で待っていると、先程とは別の疲れた顔をした医師が入ってきた。さすがに今度は名前を確認されることもないだろう。

「入院して、詳しい検査をしなければ確かなことは言えませんが、脳腫瘍(しゅよう)の疑いがあります」。医師はCT画像を出しながら言った。

そんな気がしてたんですよねぇ、と口に出して言えないのが残念だった。これが腫瘍か。それにしても大きく育ったものである。高級梅干しくらいのサイズだろうか。-次回に続く-(言語研究者)

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