【コラム・瀧田薫】先に米議会で成立した香港人権・民主法案は、米政府に対し、中国が香港に認めた「高度な自治」が損なわれていないか毎年検証させ、もし人権侵害でもあれば、中国政府に対し制裁を課すよう義務づけるものである。当然、中国政府は猛烈に反発し、米国による中国への「内政干渉」であるとして、断固たる報復措置をとると言明した。法案の成立によって、米中貿易戦争に新たな火種が生まれたことは確かである。

さて、大方の新聞論調は米中の経済戦争が世界経済に深刻な影響を及ぼすとの見方で一致しているが、ウォールストリートジャーナル(WSJ)のコラム「ハード・オン・ザ・ストリート」11月26日付は、米中経済摩擦について少し違う角度からの見方を提示している。

国際通貨基金のデータに依拠して、2018年初めに米中の関税合戦が始まってから19年4~6月期までの約1年間について、米中両国の貿易の変化を追っているのだが、それによると、中国は貿易戦争以前から世界の輸出に占めるシェアを失いつつある。これに対して米国のシェアには変化がない。だが、その内容については両国ともに大きな変化があったという。

まず米国については、中国からの輸出の大幅減がメキシコや東南アジアからの輸出増で相殺されており、中国の場合は、米国の関税で相当な痛手を負ったが、その多くは東南アジアと台湾に対する輸出の急増で相殺されているという。つまり、米中の貿易摩擦について、周辺国がいわば緩衝材になっているのだ。

たとえ米国が中国に強力な圧力をかけても、周辺国がそれに協力しなければ、圧力は底抜けになる。この事実を踏まえて、WSJは、米中両国のような大国でも今の世界貿易を意のままに操作することは難しいと結論づけている。

新たな政治経済ブロック化競争

私が特に注目するのは、米中経済戦争において、周辺国が果たす役割の大きさをWSJが評価したことである。同時に、米中両国が経済摩擦を通して、周辺国との関係の大切さを学びつつあるとも予想している。

今回の法案の成立を熱狂的に歓迎し、星条旗を打ち振る香港民主派市民の姿を見て、米中両政府はどのような印象をもっただろうか。自国第一主義のトランプ氏の思いは複雑だろう。他方、習近平氏は苦々しい思いとともに、自らと中国の影響力を一層強化し、中国とは異質なもの全てを自己の勢力圏から一掃したいとの思いを抱いたに違いない。

今回の香港の造反は、中国政府が権威主義と強圧的な政策を見直す機会にはまったくならないだろう。逆に、中国の一帯一路政策にその兆候が見られるところだが、周辺国を自らの影響下に取り込み、そこから米国を初めとする西側の影響力を排除する政策を推進する可能性が大きい。

米中両大国とその周辺諸国において、新たなる政治・経済ブロック化競争が始まるのではないか。いや、すでに始まっているというべきだろう。(茨城キリスト教大学名誉教授)

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