《宍塚の里山》50 科学部中学生たちの柿もぎ体験


【コラム・及川ひろみ】つくば市にはかつてたくさんの公務員宿舎がありました。1990年代後半から始まった行政改革の一環で、国立の研究所や大学の法人化が進み、それまで官舎に住んでいた人たちは立ち退きました。そこで、長年住んだ官舎に記念樹として植えた柿の木を里山に移し残したい、との希望が寄せられました。

植木を移植するためには、まず地権者の了解を得なければなりません。幸い、日ごろ活動する農園の近くに移植が許されました。5メートルほどもある柿の木、移植は造園の知識がある会員が行いました。移植1年前に四方に広がる細い根を切り、残った根を直径約1.5メートルにまとめ、コモで包んで養生。翌年秋、根をコモに包んだ柿木を軽トラックで移植場所に運び、小型ユンボで移植しました。

そして、この活動から10年が過ぎました。これまでほとんど実を付けなかった柿の木、今年は見事に大量の実をつけました。

採る時には実1つ木に残す

10月27日、毎月のように活動に来る土浦第四中学校科学部の生徒10名で柿の実を収穫しました。まず、採る時には必ず実1つは木に残すことを伝え、その理由を考えさせました。

最初はきょとんとしていた生徒たち、①子孫を残すため、②柿の木にお礼をするため、③全部採ったら寂しくなるから―など、なかなかいい答えが返ってきました。小鳥のためとか、来年の収穫を願って―などと話をした後、どうしたら実が採れるかを考えさせました。長い棒でぶち落とす、木に登って取る―など、今度は結構乱暴な答えが返ってきました。

そこで、まず木の高さを知り、柿採り道具を作りました。高さは、木の下に立った生徒の背丈のおよそ4倍、約6.5メートルと分かりました。近くの竹林(真竹)で竹を伐り、先端の細い部分や枝を切り落としました。科学部の生徒は日ごろから竹の調査や活動を行っているので、このような作業は実に手際がいい。切り落とした竹の先端を鉈(なた)で割り、割った竹の間に木の枝を差し込み、昔ながらの柿採り道具が完成。

まず、柿農家である科学部顧問の先生が柿をもぎ取ると、子どもたちは「先生が全部採ちゃう」と、すごい勢いで柿もぎを開始。活動終了後、先生から、学校では無気力気味の生徒も輝いて、生き生きとし、友達と協力して取り組んだことに感動した―とのメールが来ました。

長い竹を天に向け柿の小枝を捕らえる活動、子どもたちには結構重労働。見上げれば大量の柿、そんな中採り続け、コンテナ2杯の柿を収穫しました。しかし子どもたちに柿は好きかと問えば、好きと答えたのは10人中2人。活動後、柿好きじゃないと言っていた子も、お祖母ちゃんのお土産にするとうれしそう。全員たくさんの柿をザックに詰め、持ち帰りました。(宍塚の自然と歴史の会代表)

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