《吾妻カガミ》18 幻の副市長 瀧本徹氏を偲ぶ

都賀俊雄氏作の「つくば焼」

10数年前に茨城県商工労働部長をしていた瀧本徹さんが、11月上旬亡くなった。56歳だったから、私よりも一回り以上若い。一部全国紙の訃報では主職歴が「元九州経済産業局長」となっていたが、エネルギッシュな経産キャリアだった。合掌。

学園都市の田舎議会

新聞経営を引き受けて土浦に戻ったころ、瀧本さんは県の部長をしていた。仕事の延長でベンチャー育成に強い関心を示し、その芽がころがっているつくばによく来ていた。県庁がある水戸にいる時間よりも、在つくばの方が多かったのではないか。県の部長というよりも市の部長という感じだった。

当時の藤澤順一つくば市長は、彼の思い入れを市政に取り込もうと(もちろん本人も承知)、副市長に迎える人事案を議会に諮った。ところが市議会はこの案を否決、藤澤・瀧本コンビは実現しなかった。藤澤さんの議会工作が十分でなかったこともあっただろうが、学園都市の田舎議会には呆れた。

「つむぎつくば」というNPO法人があった。ベンチャー育成を目的とする組織で、瀧本さんも運営に深く関わっていた。有望な起業家を毎年選び、賞金を与え顕彰していた。私も、放電によるプラズマ現象を利用して焼いた壺「つくば焼」(都賀俊雄氏作)を副賞として出した。作り方にサイエンスを感じたからだ。

ベンチャーの卵たち

表彰式の後のパーティーは楽しかった。起業家の卵たちの飲み会だから、テクノロジーの話が多く興味が尽きない。私の関心はマネージメントにも向けられたが、理系の彼らは一様にこちらの方で苦労していた。

出席者の中に、筑波大発ベンチャーのシンボル的存在、山海嘉之先生(ロボットスーツのCYBERDYNE社長)もいた。大和ハウス工業がまだ出資していなかったころだから、初々しい起業者の一人だった。今やCYBERDYNEは、技術(山海先生)+資本(大和ハウス)によるベンチャーの成功事例になっている。

瀧本さんを慕い行動を共にしていた人たちの中に、花山亘筑波出版会代表もいた。彼には新聞紙面を提供、地域のいろいろな起業家を紹介するコラムを連載してもらった。瀧本さんが愛媛県の松山市長選に出馬したときは(結果は落選)、応援に駆け回った。訃報を知らせてくれたのはその花山さんだ。

常識的に県部長⇒副市長人事は格下げであり、役人の世界ではあまり聞かない。当時の橋本昌知事は思いとどまらせようとしたようだが、瀧本さんはポストや肩書きよりも仕事の面白さを選んだ。血が騒いだのだろう。享年56歳。私が地元に戻った歳であり、やり残したことが随分あったと思う。(坂本 栄)