【コラム・斉藤裕之】さて下の娘。こちらは東京で美容師として働いております。とはいえ低賃金の福利厚生もなく、また旗日や有休とも無縁の修行の身。それでも自分の志した道。せめて年に1度の小旅行をと、かみさんが連れ出すのが精いっぱい。

そんな彼女が働き始めて念願の連休を取得。そして初めての海外旅行。それも1人旅。それもイタリア。親としてはとりあえず旅の無事を祈るだけ。パスポートは首から下げろとか、余計な現金は持つなとか、タクシーのウンちゃんには気をつけろとか。

特にイタリアでなくともよかったらしいのですが、強いて言えば靴を買いに? 次女はちょっと変わった足の指と気質の持ち主であることは確か。ま、すべての道はローマに通ずってことで。

とりあえず成田の出発ゲートに消えていった彼女。その日の午後、たまたま有線テレビで「ローマの休日」をやっているのを見つけ、さすがにオードリーヘップバーンとは重ならないものの、よもやグレゴリーペック風の男性に出会うなんてことも…。

薩摩芋入り豚汁は母のもの

と思ったら、あっという間に数日が経ち再び成田。どうやら無事にご帰国の由。慣れない長旅に疲れている様子ですが、イタリアでの新鮮な感想を車中で語る次女。相変わらず英語が通じないこと、不愛想な駅員、時刻通りではない電車。その反対に、教会や美術館で感じた歴史や思想への畏怖、そしてやはり食べ物の話。

実は、「帰ってきたら豚汁が食べたいから。薩摩芋の入ったやつね」とリクエストして旅立った彼女。薩摩芋入りの豚汁は私の母のもの。習ったわけではありませんが、子供にとってもこの味が我が家の味となっていたのはうれしく、朝からつくっておきました。

イタリアに限らず海外に行くと感じるのは、日本がいかに快適で豊かであるかということ。成田からの帰り道に買った、初物の栗をご飯と炊いてサンマにカボスと大根おろし。秋の味覚満載の昼食となり、「マンマミーア、サンマミーア!」。日本のメシは世界最高!

ついでに思い出して引っ張り出したのは、30年前のアルバム。フィレンツェのドゥーモを登る高所恐怖症のかみさん。てっぺんで座り込んでしまったことを思い出したりして。30年前トーマスクックの時刻表を手に、冒険のように旅をしたイタリア。そして気が付けば、日本に来る外国人の多さに少々うんざりしている今の自分。

たまには海の外にでも出て、血の巡りをよくしないとだめだな。そう旅はかけがえのない学びの場でもある。お遍路さんやお伊勢参りも、恐らくそういう意味合いは少なからずあったはず。「次は冬の北欧に行きたいな」と次女。いつでもお供しますよ、マイヘアレディー(美容師だけに)。(画家)

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