【コラム・浅井和幸】とても心配性なAさんは、いつも何かに苦しんでしました。もっと真面目に生きなければいけない、もっと良い人間にならなければいけない、という思いに支配されているようです。

カウンセリングを続けるうちに、Aさんは気付きました。「幸せになるためには苦労することがあるかもしれないが、間違った苦労をしたところで幸せにはならない」ということに。

Aさんは、小さいころから親の言いつけ「幸せになりたければ苦労しなさい」を守り、いつも苦しんでいなければいけないという感覚の持ち主でした。楽しんだり、楽をしたりすることに対し、異常に嫌悪感を持ち、人と話を合わせるときの作り笑い以外は、笑ってさえいけないという感覚で生きてきたのです。

「何事も苦しむことで上手くなるものだ」。よく言われることですね。野球が上手くなるのも、楽器が弾けるようになるのも、勉強して成績が上がるのも、人とのコミュニケーション能力が上がるのも、お金を稼ぐのも、苦しみが多い方が目的を達成しやすい気がします。

しかし、それは大きな間違いです。苦しむ量が、目標を達成する量と比例するわけではありません。野球が上手くなりたいのであれば、いかに上手くなる練習が出来るかが大切で、苦労して間違った練習をしても上手くはなりません。間違った筋力トレーニングをしても、ケガをするだけです。

表面的な苦労の物まねをしているだけ

私が子どものときには、練習中に水を飲んではいけませんでしたし、うさぎ跳びや足を伸ばしたままの腹筋運動などが当たり前にありました。実際にケガをした部員もいます。全国で真夏のグラウンドで倒れ、中には死亡事故になったというニュースをよく目にした時期があります。30年ほど前でしょうか。

今でも、根性がつくと信じられているのか、コーチや監督が子どもたちを怒鳴り散らしていることもあるようです。

スポーツでも、学業でも、事業でも、より上のレベルになれば、より苦悩や苦痛が伴うことも事実です。ですが、不要な苦悩や苦痛を味わうところだけを取り出して、苦労すればよりよくなれると考えるのは、表面的な苦労の物まねをしているにすぎません。

「人の嫌がることを率先してやりなさい。人の嫌がることが出来ると、お金を稼ぐことが出来るから」という考え方も似ています。確かに表面的にみると、苦しい仕事の方がお金を稼げるという部分はあります。より稼ぐには、苦しい競争に勝たなければいけないこともあるでしょう。

しかし、苦しく仕事をしたらどこかからお金が降ってくるのではなく、買いたいと思わせるサービスやものを作り出すときに、苦しい作業があるからという順番です。こんなに苦労しているのに目標に近づけないと感じたとき、もう一度、今の自分のしている方法を考え直してみるのもよいと思います。(精神保健福祉士)

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