【コラム・奥井登美子】「ジェネリック。安くて、いい薬が出来たって、テレビで偉い先生が言っていたんだ」。Aさんが、笑いながら処方箋をひらひらさせて、薬局に入ってきた。

「こんどから薬は全部ジェネリックにしてくりぇや」

「この処方箋の5種類の薬、全部変えちゃってもいいの?」

「もちろん全部ジェネリックだ」

胃がムカムカして、胃がんではないかと心配で、心配で、少し鬱(うつ)状態だったAさんだが、その日はどういう加減か、ニコニコしてとても機嫌がいい。

厚労省でジェネリックを推進しているけれど、うちの薬局のように、患者さんも超高齢化している場合は、患者さんが薬を変えたがらないことが多い。薬の形と、色と、数を、今の形で覚えてしまっているので、途中で変えて、自分でわからなくなってしまうのが怖いのだ。

わけのわからない横文字が跋扈

健康保険で1割負担の人が多いせいか、先発品と後発品を価格で比べて、負担がそれほど多くなければ、慣れ親しんできた薬の方がいいと言って、いくらこちらがお勧めしてもジェネリックの希望者が少ない。Aさんみたいに、患者さんから言い出して全部ジェネリックにしたいというのはきわめて珍しい。

次の日。Aさんが、湯気を立てて、怒りながら薬の袋を持ってやってきた。「ジェネリックって言ったのに入っていねえョ、後発品ばかりだ」。

「後発品のことを、ジェネリックというのよ」

そこで、やっと、私は気がついた。テレビを見て、Aさんは、ジェネリックという、安くていい薬があると勘違いしてしまったのだろう。老人が慣れない横文字などを使うときは、最初に疑って、探りを入れなければいけなかったのだ。私も平身低頭し、反省。

昭和ひとけたにとっては、わけのわからない横文字が跋扈(ばっこ)するややっこしい世の中になったものである。(随筆家)

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