【コラム・先﨑千尋】先月末、日米貿易交渉が基本合意に達し、今月末に両国首脳が署名、年内に発効する見通しとなった。その具体的な内容は明らかになっていないが、自動車関税の撤廃は見送り、牛肉や乳製品など対日輸出農産品関税の削減など米国への譲歩ばかりが目立つ、と伝えられている。

周知のように、トランプ大統領は就任直後に12カ国で行われていたTPP(環太平洋連携協定)交渉から離脱し、TPPよりも有利な条件をわが国から引き出したいとして今回の結果になった。来年の大統領選で再選をめざすトランプ氏にとっては大きな成果だ。米国に70億ドルの効果があるという。

私には、そこまでは織り込み済みだったが、驚いたのは、激化する米中貿易摩擦による関税の引き上げで売れなくなった米国産の余剰トウモロコシを、税金も使いながら大量輸入することを約束したというニュースだ。

貿易赤字の解消を最重要課題に掲げるトランプ氏は、大きな市場である中国に農産物の輸入を迫ってきた。中国はいったん約束した農産物に高い関税をかけることにし、輸出できなくなった。行き場のなくなった余剰農産物を、安倍首相はいとも簡単に害虫被害を理由に引き受けてしまった。

トランプ氏は「中国が約束を守らないせいで、我々の国にはトウモロコシが余っている。それを、安倍首相が代表する日本がすべて買ってくれることになった」と喜んでいる。その量は275万トンと見込まれ、通常の輸入量の3カ月分にあたる。

米中貿易摩擦の尻ぬぐい

安倍首相とその取り巻きが考え出した理由は、「国内でツマジロサヨトウという害虫が発生し、トウモロコシの供給が不足する可能性がある」というもの。しかし農林水産省は、現状では影響は出ていないと言っている。国内の飼料用トウモロコシの生産の半数以上を占める北海道では発生が確認されていない。

こんな漫画チックな話が日米首脳会談で行われていたとは信じがたいが、菅官房長官が記者会見でこの輸入について説明しているのだから、間違いないことなのだろう。大手飼料メーカーの幹部は「野菜が足りないからとコメを輸入するようなもの」と憤り、東京大学の鈴木宣弘教授は「安倍政権は、米国との貿易交渉に入る前に『TPP以上の譲歩はしない』と説明してきた。それが米中の貿易摩擦の尻ぬぐいでトウモロコシを日本が輸入することになると、『TPP超え』になってしまう。その言い訳に『害虫被害が発生した』と説明した」(「アエラ」9月3日)と解説している。

飼料用トウモロコシが今後実際に不足するのであれば、その時に考えればいいことだ。それを貿易交渉の道具に使うなどとは愚の骨頂。でも現実はそんなこと。あきれ果ててもどうにもならない。そんな政権を見捨てないのがこの国の国民なのだから。嗚呼!(元瓜連町長)

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