《地域包括ケア》41 「もしバナゲーム」をやってみました

もしバナゲーム

【コラム・室生勝】私たちのサロンでは桑名市のテキストを使って、ACP(もしものときのために、自分が望む医療やケアについて前もって考え、家族や医療・ケアチームと話し合い、共有する取り組み)の勉強をしたが、そのようなときに自分が望む医療や介護について話し合うなどできそうもない―と、みんなが異口同音で言う。

そこで、ACP入門として「もしバナゲーム」を何度もやってみることになった。まず、36枚のカード(1枚はワイルドカード※1)に書いてある文章を理解した。35枚のうち「痛みがない」「私が望む形で治療やケアをしてもらえる」「信頼できる主治医がいる」などの24枚は読んで字の通りだ。

「人との温かいつながりがある」の“人”は家族や友人知人のほかに、ケアマネジャーやヘルパーらも含まれるのではないか。「親友が近くにいる」の“近く”とあるのは、“こんな姿を見せたくないので会いたくないが、電話で話せるし、近くにいるので安心”ということではないか。短い文章なのでいろいろな読み方ができる。

「家で最期を迎える」「人生の最期を1人で過ごさない」の“最期”は死ぬ間際でなく、死亡までの数カ月~1年のことだと意見が一致した。「自分が何を望むのか家族と確認することで口論を避ける」で、“口論を避ける“のは誰と誰が口論するのか。それは家族間のことだろうとの結論に達した。

「怖いと思うことについて話せる」「死生観について話せる」の“話せる”は、「宗教家やチャプレン(※2)と会って話せる」との意見が大勢だった。「私を1人の人間として理解してくれる医師がいる」「尊厳が保たれる」「私の価値観や優先順位を知る意思決定支援者がいる」は、突然の病気や事故で意識がなくなった場合や、認知症で自分の意思を表明できない場合には絶対必要なことである。

「最期」に望むことを言えるように

ゲームは、ワイルドカードを除いたカードを4組用意して1テーブルに8人が座り、交替しながら4人で行った。トランプの「51」のように、ジャンケンで親を決め、親がカードを5枚ずつ配り、5枚を表向きに場に広げ、残りを中央に積む。親から順番に時計回りで自分のいらないカード1枚と場の中のカード1枚を交換する。

2周目からは、交換したいカードがなければパスできる。全員がパスしたら、場のカードを流し、中央のカード5枚を場に広げる。このように交換やパスを続け、中央のカードがなくなった段階でゲームが終わる。各自、手元の5枚から特に大切なカードを3枚選び、その理由を述べ合う。

ゲームの度に配られる5枚のカードは違うし、交換するカードも毎回違う。最後に残る5枚も違う。何回もゲームをしているうちに、自分が望むことの表現の仕方が分かってくる。何回も経験すると、医師や看護師、家族と一緒にACPを行うときに自分の望むことを自分の言葉で言えるようになるのではないか。(高齢者サロン主宰)

※1 ワイルドカード=白紙で自分が望むことを書く。「愛犬と一緒にいたい」「晩酌を続けたい」など

※2 チャプレン=施設で働く牧師、神父、司祭、僧侶など聖職者

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