【コラム・高橋恵一】車の運転でナビゲーターを利用するとき、現在位置の認識が重要になる。これは、地図を見る場合の大原則で、登山やハイキング時の利用は必須。物騒な話だが、軍隊の戦略戦術でも勝敗を左右する。先の日中戦争の内陸侵攻やインパール作戦などは、地図について無知に等しく、悲惨な結果になった。

地図の作成者は、起点の認識がしやすいように、工夫に余念がない。茨城の地理・漢学者、長久保赤水(ながくぼ・せきすい、1717~1801)の「改正日本輿地(よち)路程全図」は、経緯線を入れたことで出色である。我々は、世界地図を見るとき、先ず日本の位置を認識してから、周囲、全体の配置を確認する。ヨーロッパなら、見つけやすいイタリア半島からたどっていけばよい。子どもが日本で覚えやすいのは北海道である。

現在位置の認識、自覚は、あらゆる状況判断につながる。孫子の「彼を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず」である。

「政治経済社会」の地図も編纂せよ

現制度の年金では、生活できず、65歳から30年間で2000万円不足するそうだ。財源の話の中で、若い世代は負担に否定的である。しかし、現在の若い世代は、30~40年後には年金が足りない世代になるのだ。当然、社会保障負担を根本からつくり直さなければならない。

「100年安心年金」の政府の説明は、食えないままの年金制度なら続けられる、ということだ。多くの国民は、自分たちの老後の生活保障について、どのような位置に置かれているのかを自覚しなければならない。人生地図の把握である。

1986(昭和61)年、路地裏の焼鳥屋で、仕事帰りの労働者風の数人が、税金を話題にしていた。「高給取りと言っても、稼ぎの88%を税金で持っていかれてしまうそうだ。働く気がしなくなってしまうよなぁ」と同情していた。

当時、8000万円を超過した分の所得税と住民税の合計税率は、88%であった。1億円の給与の専務は約6000万円、2億円の給与の社長は約1億5000万円の税金ということになる。現在は、高所得者の減税によって、1億円の給与なら5000万円、2億円の給与なら1億円強が税金ということになる(素人計算です)。

国税庁によると、2017年に年収1億円以上を稼いだ人の数は2万3250人になった。1986年に話を戻すと、高給取りの専務や社長は、納税した後に4000万円、5000万円が残ることになり、現在では、減税のおかげで、2億円の給与の社長は、1億円が残るのだ。いずれにしても、安月給の庶民が、自分の立ち位置を自覚すれば、同情する必要はないのだ。

また、企業の高収益で、シャンパンピラミッドのように、好景気の効果が下々まで行き渡るという異次元の経済政策も、上のグラスが大きく、限りなく膨らむので、下に流れない。2017年の日本の企業の内部留保は、446兆円強で1年間のGDP(国内総生産)に近く、前年比10%増だそうだ。金は、ある所にはあるのだ。

「応能負担の必要配分」。国家の税財政政策、所得の再配分機能の基本である。年金などの社会保障費は、負担力のあるところが担うべきであろう。国民は、自らの立つ位置を認識し、自覚して意思表示をしなければ、権力者のキャッチフレーズに乗せられて、惨めな結果に進んでしまう。

マスメディアや真の経済学者などが、正確な道しるべとなる「政治経済社会」の地図を編纂(へんさん)し、提示する責任があると思う。(地図愛好家)

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