《沃野一望》7 間宮林蔵その2 立身祈願

つくば道

【ノベル・広田文世】

灯火(ともしび)のもとに夜な夜な来たれ鬼

我(わが)ひめ歌の限りきかせむ  とて。

常陸国上平柳村の農家に生まれた間宮林蔵は、寺子屋の住職をあきれさせるほどの神童ぶりを発揮した。林蔵はやがて、小貝川の治水、なかでも堰(せき)の流量管理を指揮するために幕府から派遣されてきた役人のあとをついてまわり、水力学、土木工事、測量手法を、見よう見まねで習得していった。

林蔵は、さらに上を目指した。だが現実に、上を目指すという具体的生き様が思い描けないでいた。

天明の飢饉がどうにか落ち着き、豊作で迎えた天明7年の晩秋、上平柳村の若い衆は、お礼参りと称する筑波山神社詣でを企てた。1年に一度、豊作の年にだけ許される羽目外し。神社詣での本音の目的は、筑波山神社下のつくば宿の旅籠で手招きする飯盛(めしも)り女の嬌声(きょうせい)だった。

林蔵は、若い衆の仲間に加えてもらった。もとより、酒や女に関心はない。

当日、林蔵は、神社に詣でると、仲間の前から姿をくらまし、筑波山男体山への急坂を登り、頂上直下の立身岩といわれる岩窟を目指した。

林蔵は、暗闇の岩窟に正座し、一心不乱に祈願した。祈願したというより、漠(ばく)とした己の願望を己に問いただした。さらに上を目指すとは、いったい何なのか、何をしたいのかを、必死に探し求めた。

鬼神との盟約

そして林蔵は、明快な解答を得る。役人になるのだ。

小貝川の治水管理にせよ、飢饉の救済施策実行にせよ、指揮監督するのは役人だという現実を、散々見せつけられてきた林蔵だった。どれほどの策を考えついたところで、役人でなければ実行に移せない。林蔵は、潜在的にそう気づいていた。

そして、真っ暗闇の立身岩で祈願するなかで、潜在意識に眠っていた願望を明確に実像化させた。役人になる道が、己をつらぬく道だ。

林蔵は己の肉体に、悟りの証拠を残す決心をした。手の平を皿のようにくぼめ灯明油を貯め、芯をさしいれ火を灯した。暗闇に揺れる炎が、林蔵の手の平を焼いた。やがて炎は消え、林蔵の手の平に痛撃の火傷が残った。林蔵は痛みに耐え、立身岩に棲(す)みつくという鬼神との盟約を成立させた。

林蔵は村へ帰り、「役人になる」道をつき進む。小貝川の水流管理に派遣されてきた幕府普請役、村上島之允(むらかみしまのじょう)に取り入り、下僕に使ってもらう約束を手掛かりに、農家を捨て江戸へ出る。風雪の人生の第一歩を踏み出した。寛政2年(1790年)のこと。(作家)

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