【コラム・沼澤篤】生物多様性と生態系サービスは環境保全の目標。昨年の世界湖沼会議でも関連発表があった。今回は霞ケ浦沿岸の植物について考える。

沿岸のアシ群落内外には多様な植物が生育する。群落内は草丈が高いアシが林立し、照度が低いので、葉が細長いカサスゲやウキヤガラなどの植物が辛うじて共存できる。アシ群落の辺縁(へんえん)部では光が当たり、多様な植物が競争的に生育し、藪(やぶ)となる。藪では光を求め上へ伸びる、ツル性を獲得した植物が生育する。

ツルマメはツル状の茎が他の植物に絡みつき、秋には茶色の小さい莢(さや)が多数ぶら下がる。ツルマメはダイズの原種とされる。縄文期から食用に採取されたかもしれない。豆が小さいので十分な量の採取は大変だったろう。完熟した豆類は固く、土器で上手に煮るのは難しかったか。熟す前に茹(ゆ)でて枝豆、あるいは潰してズンダにして食したか。軽く炒って挽き、黄粉(きなこ)にしたか。

やがて縄文人はツルマメを住居近くで栽培するようになり、継代育種され、ツル性を失い、大きな豆をつけるようになったのか。現代人が枝豆をつまみに冷えたビールを飲む、ささやかな幸せは、縄文人のお陰かもしれない。異説では、ダイズは大陸で育種され、渡来人や遣唐(隋)使らによって持ちこまれた可能性もある。

霞ケ浦とダイズの縁はとても古い

最近、米国の広大な畑で大型農機がダイズを収穫する映像を見た。日本のダイズより草丈が高かった。収量も多いのだろう。米国産ダイズには、デュポンやモンサントの子会社がゲノム編集で作出した多様な品種がある。日本の納豆、豆腐、醤油、味噌のメーカーは遺伝子組み換えの輸入ダイズを使わないようだ。

今後の品種改良では、原種のツルマメとの交配で、病害虫に強く、湿地や荒蕪地(こうぶち)でも栽培できる品種が作出されるかもしれない。そうなれば、遺伝子資源の供給サービスといえる。利根川と霞ケ浦周辺では醤油が名産だが、原料のダイズ、麦、塩が、そして製品の醤油樽(たる)が舟で運ばれたことが大きな要因であり、さらにダイズの栽培、育種が、縄文期に霞ケ浦流域でも行われたとすれば、霞ケ浦とダイズの縁はとても古い。

霞ケ浦の湿地にはノイバラも多い。常陸国風土記には大和王権から派遣された征討軍が、穴に隠れた先住民を、トゲが鋭いノイバラで入口を塞(ふさ)ぎ、煙で燻(いぶ)し出し、「いたく」殺したとの凄惨な記述があり、茨城や潮来(古くは板久と表記)の地名の由来としている。

ノイバラはバラの原種の一つであり、小さな白花をたくさん咲かせて初夏の湖畔を飾り、香りが強い。何より丈夫である。各地のバラ園では魅力的なバラが栽培されているが、新品種の作出にノイバラが使われることもある。

ツルマメやノイバラの種子は増水時の水流で散布され、漂着先で発芽し増える繁殖戦略を持つ。栽培植物の起源を探る上で、霞ケ浦周辺湿地は遺伝子資源の宝庫であり、生物多様性の展示場のようなものである。(霞ヶ浦市民協会研究顧問)

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